俺様御曹司と蜜恋契約

 「本当の恋人に…」





金曜日の居酒屋は仕事帰りのサラリーマンやOLで賑わっていた。個室は全て埋まっていて私と持田さんはカウンター席で隣り合って座っている。

「……なるほど。そういうわけだったのね」

右手にビールの入ったグラス、左手につまみの枝豆を持った持田さんが呟いた。

「花がいったいどこで親会社の葉山社長と出会ったのか気になってはいたけど、ようやく分かったわ」

葉山社長との取引が終わった今、持田さんに全てを話した。森堂商店街を再開発から守りたかったら俺の女になれ、と葉山社長に言われたことなどここ数か月の間に起きた葉山社長との出来事を全て。

「それで気が付いたら本気で好きになっちゃったわけね」

「…はい」

持田さんの言葉に私は力無く頷いた。

あの取引が終わって会えなくなって気が付いた。


葉山社長のことをいつの間にか好きになっていたことに……。


「まぁもともと雲の上の存在だった人なんだよ。忘れなって」

持田さんが私の背中をトンとたたく。

「…はい」

私はウーロン茶を一気に口に流し入れた。

持田さんの言う通り葉山社長は私にとって雲の上の存在の人。あの取引があったから私たちは繋がっていた。それがなくなった今、もう会う理由なんてどこにもない。

「でもひとつだけ疑問があるんだけど」

お代わりのビールが運ばれてくるとそれに口をつける前に持田さんが言った。

「花の話だと葉山社長はもともと商店街の再開発には反対していたんでしょ?」

「はい」

「だったら別に『俺の女になれ』なんて取引をしなくてもよかったわけよね」

「……たしかに」

そう言われて気が付いた。持田さんの言う通り。たしかにそんな取引は必要なかったはず。

葉山社長が最初から商店街の再開発に反対していたのなら私が再開発をやめてほしいと頼んだときにそのことを教えてくれてもよかったのに。

『俺の女になれ』なんて取り引きをわざわざ持ち掛けて、それに私が頷けば再開発を止めるなんて、そんなことする必要はどこにもなかった。


それなのにどうしてそんな取引を私としたのだろう……。


でもそんなことを考えてもその答えを知っているのは葉山社長本人だけ。その本人と連絡が取れなくなってしまった今、あの取り引きの真相だって分からない。

「はぁ…」

出るのはため息ばかり。

持田さんみたいにお酒が強ければいいけど私はお酒が苦手だ。でも今日は酔いたい気分だから私もビール飲もうかな。

「あれ?もしかして湯本くんと持田くん?」

すると突然、後ろから聞き慣れた声がした。
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