専務と心中!
人気のランチは、なるほど、美味しかった。
味も見た目もいい。
でも、値段の割に量が少ない。
大食漢の薫には、絶対足りないだろう。

……やっぱり少食の椎木尾さん向けのお店だったかも。


食後のコーヒーを飲みながら、薫が私の目をのぞく。
「で。にお。来週、来る?」

……薫は、ちょいちょい私を競輪場に誘う。
私が金網に張り付いて声援を送ると、イイ競走ができるらしい。

統計をとってるわけではないので本当のところはどうかわからない。
でも、勝負の世界に生きる競輪選手はやたらと縁起を担ぐ。
薫がそう信じてるのなら、たぶん、多少は力になっているのだろう。

「あ~、地元バンクを走るんやっけ?……わかった。なるべく、行く。」
そう返事すると、薫の顔がパッと明るく華やいだ。

ちなみに「バンク」は銀行ではなく、自転車競技場を指す。

薫はもとは京都府民だけど、今は奈良に住んでいる。
来週、所属する奈良競輪場での開催に斡旋されて、レースを走る予定だ。

「やった!なんか、俺、優勝できる気ぃしてきた!」
「……いやいやいや。そこまでのご利益ないし。」
慌てて、そう言ったけど、薫は自信をみなぎらせていた。

ま、いっか。
信じるモノはなんとやら、ね。



「ん?もうすぐ1時やけど。にお、帰らなくていいんか?」
重そうな時計を見て、薫がそう聞いた。

……師匠の泉さんがプレゼントしてくれたロレックス。
去年、ビッグレースで師匠の優勝に貢献したお礼の品らしいけど……私には首輪に見える。
泉さんが引退するまで、薫はずっと泉さんの機関車役を務めて、泉さんを勝たせるレースに徹するのだろう。
来週の地元開催に、泉さんは出場しないといいな。


「これから美術館に原稿もらいに行くの。……薫、車?」

送ってくれる?と、聞くまでもなかった。

「うん。乗ってけば?」
そう言って、薫は当たり前のように会計伝票を挟んだ革のファイルに自分のカードを重ねて、ギャルソンに指し示した。

……単に気心の知れた幼なじみというだけじゃない……薫の気配りや完璧なマナーが、私にはこの上なく心地よかった。



「……帰りは?待ってようか?」
愛車の黒いロードスターを走らせながら、薫がそう聞いた。

「ん~。直帰やったら一緒に帰れるけど、会社戻らんとあかんしなあ。さすがに17時まで待たすのは悪いよね?」

美味しい食事でお腹が膨れて、気分がすごーくまったりしてる。

「あ~、このままホテルでHして、お昼寝した~い。」
「……気ぃ合うなぁ。」

私の本音に、薫が苦笑して同意した。
< 3 / 139 >

この作品をシェア

pagetop