専務と心中!
水島薫は、プロの自転車競技選手、つまり競輪選手だ。

昔はひょろひょろのもやしみたいな少年だったのに、お父さんの転勤で中学高校の6年間をカリフォルニアで過ごした薫は、たくましいイケメンになって帰国した。
頭のイイ奴だし、てっきり帰国子女枠で有名私大に入学すると思ってたのに、薫は競輪学校を受験した。
自分の力を試したい、と言って。

その頃から足かけ6年。
薫と私は、幼なじみ兼親友兼セフレだ。
恋人ではない。
いや、さっぱりしたイイ奴なので、恋人でも全然OKなのだけど……こういうのって、ご縁だと思う。

薫も私も、そこそこマメで、そこそこモテる。
お互いに彼氏、彼女がいない時期が重なることがない。
残念ながら、タイミングが合わない。

身体の相性は極上なのになあ。



お昼前に、南部室長に外出を告げる。

「ランチして、そのまま美術館に行きますんで。」
「……峠(とうげ)くん、もう原稿、上がったんか?早いな~。さすがやな。」

骨董好きの南部室長は、我が社の美術館に学芸員として勤務する峠 一就(かずなり)さんを高く評価している。
崇拝に近いかもしれない。

「ほんまに。他の先生がたも、進んではるといいんですけど。」
そう苦笑して、デスクを片付けて出る準備をした。


正午を告げるチャイムが鳴った。

「では、行ってきます!」

鞄を抱えて立ち上がると、既に愛妻弁当を広げた南部室長がチクリと一言。
「行ってらっしゃい。ランチタイムは時間厳守でな。顔に出ぇへんからって、酒は飲むなよ。」
「……はい。」

さすがに、昼間っからお酒は飲まないってば。

……まあ、室長の休みの日には、たまーにそうゆうことも……なきにしもあらずだけど。



2月の風は、正午でも冷たい。
制服にコートを羽織って会社を出ると、ヒトの流れとは反対方向に進む。

「にお。こっち。」

ひらひらと手を挙げて、薫が私を呼んだ。

私の名前は「にほ」なんだけど、薫は昔から「にお」と呼ぶ。
は行の発音が苦手だった頃の名残りだ。

「お待たせ。……うーん。それ?ホストみたい。」

薫は、深い紫のような茶色のような、微妙な色合いのスーツを着ていた。
光沢のある黒いシャツがやらしいのかな。

「これでも地味なの選んできたのに。でもほら、におの制服と並んでも、これなら不自然じゃないやろ?」
薫はそう言って私の背中に手を伸ばす。

まあ、薫なりに考慮してくれたことは伝わってきた。

「今さら、薫にビジネススーツは似合わへんもんね。……うん。似合ってる。かっこいいよ。」

そう言って、薫のたくましい胸にトンと頭をくっつけた。

薫は、上機嫌で私の肩を抱いた。
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