専務と心中!
「……贋作やったんですか?」

「また、贋作やわ。贋作しかないんちゃうか、あんなとこ。やっぱり信用のできる骨董屋からしか買うたらあかんなあ。」

私の言葉を受けて、そう言いながら応接室から出てきたのは、紛れもなく我が社の社長の東口武(ひがしぐちたける)氏だった。

「社長!?……失礼しました。」
私は慌てて頭を下げた。

椎木尾さんは役員秘書でも、私はただの平社員、ただのOLでしかない。
千人以上いる社員の中でも下っ端な女子社員にとって、社長は雲の上の存在。
言葉を交わすのも、こんなに近づいたのも、初めてのことだ。

すっかり恐縮している私の前で、社長はゴソゴソとご自分のポケットを探った。

……名詞でもくださるのかしら。

頭を下げたままじっとしてると、ぬっと社長の手が目の前に突き出された。
意外と小さい薄い手のひらには、パイン飴が1つ。

へ?
くれはるの?

顔を上げると、社長はニッコリ笑った。
「こんなもんしかなかったわ。どうぞ。」
好々爺そのものの好いたらしい笑顔に、今朝のヒトの良さそうな専務を思い出した。

……さすが親子だわ。

「ありがとうございます。」

とりあえず受け取ったら、社長はニコニコ顔で言った。

「にほちゃん?椎木尾くんからお噂は聞いてますわ。……結婚式は私が仲人やりたかったんやけど、家内が亡くなったからなあ。統(すばる)でいいか?」

は!?
結婚式?
仲人?

統(すばる)って、専務のことよね?
……確か専務の奥さまってシンガポール出身で……仲人って……

えー……とー……。

「社長。私は彼女にプロポーズもしてませんが。」

椎木尾さんが苦笑まじりに言った。
ぷぷっ、と峠さんが小さく笑った。

社長はマジマジと私と椎木尾さんを順番に見つめてから、からからと笑った。

「なんや。そうか。……けど、椎木尾くんももう三十路(みそじ)やろ?ええ加減、身ぃ固めたほうがいいんちゃうか?峠くんは、椎木尾くんと同い年でとっくにお父さんやで。なあ?」

社長にそうふられて、峠さんは照れくさそうに首を傾げた。
……かわいいかも。


「ほな行くわ。峠くん、天神さんは一緒に来てな。」
本気で嫌そうな峠さんに鷹揚な笑顔で念押しして、社長は出入口へと歩き出した。

「にほ。あとで。」
すれ違いざまに、椎木尾さんは私にそう言って、足早に社長を追った。

……てことは、夜、会えるのかな。
期待しちゃうなあ。
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