専務と心中!
椎木尾さんは、とにかく忙しいヒトだ。

秘書課主任というだけで、夜も土日も普通に仕事が入る上、かなりコアなご趣味をお持ちだ。

学生の頃からお能にハマってらして、今なお年に4度も舞台に立ってらっしゃる。
少なくないボーナスも、ごくわずかな休日も、ほとんどが能楽に費やされているという、恋人としては笑えない状況。
残念ながら、私には能楽のおもしろさは全く理解できないし。
高尚すぎて、ついてけない。

でも……舞台に立つ椎木尾さんはマジでかっこよくて……。
結局、好きなんだよねえ。


いつまでも椎木尾さんの後ろ姿にニマニマしてる私を、峠さんが笑いをこらえた顔で見ていた。
恥ずかしい!


「峠さん、社長とも仲良しなんですね。……びっくりしました。」
峠さんの執務室に移動してから、そう言った。

「……仲良しって……」
苦笑する峠さんが、プリントアウトした原稿とデータを封筒から出す。

表情を引き締めて、身を乗り出した。
「わ!ありがとうございます。峠さんが一番ですよ。」
「……まあ、俺は社員だし。他の先生がたは、本業だけじゃなく、他に何本も締め切り抱えてらっしゃるでしょうし……たぶん締め切りが過ぎてから執筆を始めるかたもいらっしゃると思いますよ。」
「げ……マジですか……。」

聞いてない!
そういうものなの!?

あわあわしてると、峠さんが息をついた。
「……そうか。布居さんは……こういった業務につくのは、はじめてでしたね。」
「はあ。一般職で入社しましたので。」

そうなのだ。
私は、普通に地方の優良企業のOLでしかない。
先月までは、庶務課にいた。

かつて社史編纂室には、大学院の史学科を出た総合職の女史がいた。
しかし、女史は三つ子を出産し、産休から退職へと余儀なく変更した。

……女史の代役が私に回ってきたのは、国文科で図書館司書の資格を取っていたためらしい。
でも、司書は図書館業務をするための資格であって、本、ましてや社史という特殊ながら歴史の専門書を編集するのには何の役にも立たない。
ハッキリ言って、門外漢だ。

まあ、南部室長にいたっては、無資格の好事家でしかないけど。

「……大丈夫ですよ。編纂委員の先生方がしっかりされてますから。優秀な院生を編集のアルバイトに寄越してくださるみたいだし。」
峠さんはそう言って、優しい笑顔と声で慰めてくれた。

確かに、私は事務的なことと雑用係でいいんだろうけどさ。
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