専務と心中!
「さ。行こうか。にほちゃん、何が食べたい?」
専務の笑顔が、瞳が、いっそう甘くなってる気がする。

……ダメだ。
かわいい、と思ってしまう。

白髪まじりの初老のおじさんなのに。
我が社の専務なのに。

……既婚者なのに。




「それで、聞きたいことって、何ですか?」
専務の車に乗ってすぐ、そう尋ねた。

「えー。もう本題?……先に、にほちゃんの話から聞かせてくれよ。」
少し染まった専務の頬を見て、ピンと来た。

やっぱり、碧生(あおい)くんのことなのかな。
この反応。
碧生くんから、自分の過去の行状がバレることを懸念してるんじゃないだろうか。

「もしかして、アメリカ留学中のお話ですか?……うちに来てくれてるバイトの天花寺(てんげいじ)くん、専務のことを多少知ってるみたいですけど。」

遠慮のない私の問いに、専務は苦笑した。

「……意地悪だな。もう。」

いや、意地悪とかそういう問題じゃないんだけど。
わからないから、知りたいのに。
専務という肩書きや社会的地位ではなく、統(すばる)という男性の本質を。

歩み寄ろうとしてる、んだけどな。

無言でじとーっと見てると、専務は肩をすくめて苦笑して見せた。

「そんな目で見るなよ。わかったわかった。話す。でも大昔のことに嫉妬しないでくれよ。」

「……あほちゃうか。」
つい、心情を言葉にして吐き捨ててしまった。

我が社の専務に対して、何てことを……。

一瞬やばいかなと思ったけれど、専務はむしろ目を細めて私を見ていた。

……もしかして、このヒト……マゾ?
打たれ強い、心が広い、ってだけじゃないような……。


「ちょっと込み入った話になるから、部屋を頼もうか。」
専務はそう言って、京都では格式の高いホテルのエントランスで車を停めた。

「やあ。こんばんは。食事だけして帰るから。頼むよ。」
近づいて来たホテルのドアマンにニコニコと笑顔でそう言ってから、専務は車を降りた。


そして、鍵をドアマンに渡すと、素早く私のほうへと回って来た。

既にドアマンにドアを開けてもらい車から降りようとしていた私に、専務が手を差し伸べる。

にっこりと、好いたらしい笑顔で。

……まあ、薫もいつもエスコートしてくれるけどさ……やっぱり薫とは違うわけで……気恥ずかしいったらありゃしない。

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