専務と心中!
私はうつむいてその手に掴まった。

専務は、踊りだしそうな軽い足取りで私をロビーへと連行した。

そして私を一旦ソファに座らせると、自分はフロントへと向かった。
スマートな立ち居振る舞いと背中に見とれて……私は、専務が何をしようとしているのか、疑うことも忘れてしまった。




「お部屋って、ホテルの中のレストランの個室だと思ってました。何で、クイーンサイズのベッドのあるセミスウィートルームなんですか?」

騙された……。

憮然としてる私と対照的に、専務はうきうきとルームサービスのメニューを開いた。

「え~。だって内緒の話をするわけだし。レストランよりこっちのほうが絶対安全だろ。大丈夫。無理強(むりじ)いする気はないから。」

……無理強いはしなくても、その気にさせるようには仕向けるつもりなのだろう。
もう!
絶対、流されないんだから!

てっきり和食か洋食を注文すると思ったら、専務は飲茶コースを選んだ。

「さて。じゃあ、うかがいましょうか。うちの天花寺(てんげいじ)くんのことは、ご存知の上で採用されたんですか?」

準備されていたほうじ茶で喉を潤してから、専務にそう尋ねた。
専務は、お行儀よくソファにおさまり、美しいお作法でお茶を飲んでから、口を開いた。

「いや。……あ~、いや、もちろん『天花寺』の名前は知ってる。父は先代御当主とはゴルフ仲間だったようだし。でも碧生(あおい)くんは……彼は婿養子なんだって?知らなかったよ。先週、社長に聞いて、はじめて知ったんだ。慌てて彼の履歴書を見直したけど旧姓の記入はなかったな。わかるわけないだろ。」

子供のいいわけのような拗ねた口ぶりに、多少イラッとした。
要領を得ない愚痴の羅列じゃ、事情を知らない私には何も伝わらない。

「1つずつ聞きますね。碧生くんの旧姓は何て言うんですか?」

専務はきょとんとした。
「え……。佐藤くんだろ?」

……案外、普通の名前だな。

「では、専務が留学時代、多大な迷惑をかけたというロサンゼルスの日本人会の佐藤会長が碧生くんのお祖父さん、ですね?」

まるで全てを知ってるかのように、私は今得た情報を既知の認識に補足して専務に確認を促す。

「……そうだよ。彼のお祖父さんは優しかったけど、お祖母さんはやたらシビアでね、何度も呼びつけられて説教されたよ。」

専務、ふてくされてる?

何だか笑えてきた。
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