専務と心中!
「……他人の話は参考になりませんよ?布居さんは布居さんの心の赴くままに。……専務は、社内の噂ほど頼りなくも愚鈍でもありません。むしろ学術的には優秀なかたです。……頭のいい、情の深いかただと思いますよ?」

ドキーンとした。

峠さんも、知ってるんだ。

社内では専務の離婚とセットで私への求愛の噂が広まった。
美術館にも既に伝わってたのか。

参ったな。



「おーい。布居くん。戦後、GHQと我が社の関連のわかる資料って、あるか?」
タイミングいいんだか悪いんだか、専務が入って来た。

……専務室直通ドアじゃなく、廊下のドアから普通に、しかも私を名字で呼ぶのは珍しい。

「はい?あります!簿冊と写真でありました。……データをリストアップしてお渡しすればよろしいですか?それとも、用途を仰ってくださったら、こちらで適宜ピックアップしますが。」

慌てて立ち上がってそう聞いた。

私より素早く碧生くんがパソコンに向かい、キーボードを弾く。

「うーん。そうだな。……どうする?」
専務は振り返って、廊下の誰かにそう尋ねた。

「自分で選びます。とりあえずデータをください。」

若々しい男の声。

誰?

「どうぞ。データを抽出した一覧表です。こちらが簿冊、こちらが写真です。」
碧生くんがプリントアウトした用紙を私に手渡した。

「ありがとう。……専務。こちらが……」

ドアに近づいて、私は言葉を飲み込んだ。

専務の後ろには、初めて見る制服の学生が立っていた。

丸い大きな眼鏡をかけた、真面目そうな……あ、あの制服!
偏差値の高い有名な男子校の制服だ。

もしかして、専務の息子さんだったりする?

専務は、息子さんらしき子に見えないように私に曖昧な苦笑をして見せてから、ウインクした。
それから、しかつめらしく言った。

「ありがとう。布居くん。息子の聡(さとる)だ。我が社のルーツを調べるとかで、先週から美術館で峠先生で世話になってる。聡。こちらは社史編纂室の布居くん。戦後の資料は、この布居くんが管理してくれてる。すまんが、布居くん、よろしく頼むよ。」

専務の後ろで、聡くんがぺこりと頭を下げた。

私もお辞儀しようとしたけど、
「じゃ。」
と、専務は、さっさとドアを閉めてしまった。

……なに?いまの。

ドアの前で立ち尽くしてると、押し殺したような笑い声。

峠さんが、彫りの深い顔を歪めて笑いをこらえていた……こらえ切れてなかったけど。
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