不機嫌な恋なら、先生と





「あのさ、編集長から言われたんだけど」

お昼時だった。デスクでサンドイッチを頬張っていると、ハァと深い溜め息を吐いたのは沙弥子さんだ。

「はい?」

「来月の匂坂羊示(コウサカヨウジ)、箱崎さんに任せてみろって」

「……担当ですか?」

「うん。箱崎さんに担当変わるけど、あたしもサブでつくから。わからないことは確認して。あと引き継ぎするね」

やったと小さくガッツポーズをした。

匂坂羊示とは、うちで恋愛小説の連載をしている作家さんだ。

六年前くらいに他の出版社で賞をとり小説家デビュー。覆面作家ということで、年齢とか顔は公表していない。

名前を聞くとダンディなおじさんなのかなと思っている。たまに打ち合わせでここに来ることはあるみたいだけど、私はまだ面識がなかった。

小説の連載は、以前文芸書の部署にいたのもあってか、沙弥子さんが企画したものだ。そのがっかり具合を見ると担当を私に渡すのが残念という様子だった。

確かにこんなド素人の私が先生の作品についてのアドバイスをする自信もない。任せるのに、不安があるのも納得できる。



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