不機嫌な恋なら、先生と

「あの失礼ですけど、まどかさんって、先生とは昔……」

「あ、はい。昔、付き合っていました。今は全然、仕事で関わることもないんですけど。小説のことは陰ながら、今も応援しています」

「そうなんですか。あの……もしかしてですけど、先生はまだ、まどかさんのことを忘れてないのかもしれないです」

「彼がそう言ったんですか?」

「いえ。ちょっと寝言でまどかって呼んでいるの聞いてしまって」

そう言うと、まどかさんはおかしそうに噴き出した。

「それはないわ。絶対に」

「どうして、そんなことが言えるんですか?」

「私、先月、入籍したんですけど」と、左手の薬指に触れながら言う。

「名字が変わったんです、円(マドカ)に。今は、円巴(マドカトモエ)って言います。彼が寝言でもし名前を呼ぶことがあるのなら、今の名字でなんか呼びませんよ。

それに、振られたのは、私ですから。なんの未練もないと思いますよ」

「まどかさんが振られたんですか?」

「はい。実は付き合ってた頃に、結婚したいって、私から伝えたんです。でも、彼の中では、いずれは今の会社を辞めて作家としてやっていきたいという思いがあって、でも、そうなると結婚なんて、まだ先の話になると思ってみたいです。

会社を辞めて作家という仕事だけで養っていくこともそうだけど、色々自信がなかったんだと思う。そのタイミングで結婚なんて無責任だから出来ないって言われて。

私も先が見えなくて、不安に負けて、別れてしまいました」
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