彼女の本気と俺のウソ


「かして」

 堤が握りしめたスマートフォンを、半ば強引に奪い取る。すると彼女は、俺の腕を掴み、必死な表情で懇願した。

「ごめんなさい、先生。もうしないから、没収しないで」

 俺はひと息嘆息すると、交換条件を提示する。

「OK。俺の出す問題に答えられたら、返してあげよう」

 途端に堤は泣きそうな顔になった。

「え、化学?」
「当たり前じゃないか」

 俺を何の教師だと思っているんだ。

「問題! 硫酸の元素記号を答えなさい」
「硫酸?」

 堤は不安げに目を泳がせた後、黒板に目を移す。そこには硫酸の化学式が書かれていた。
 少し見つめた後、彼女は項垂れて、か細い声でつぶやいた。

「わかりません」

 俺は堤の目の前にスマートフォンを差し出す。

「正解」
「え?」

 堤はスマートフォンを受け取り、目を丸くして俺を見上げた。

「硫酸は元素じゃない。元素記号なんか俺にもわからない。だから正解」

 堤に背を向けて教壇に向かう途中、背後で「よかったね、堤」という小声のエールが聞こえた。
 それを聞きながら、俺は内心大きく落胆する。

 ちっともよくないだろう。黒板に目をやりながら、そこに書かれた硫酸の化学式がわからないなんて。授業をさっぱり聞いてないってことじゃないか。そう思うと、言いようのない虚しさを覚えた。

 その日以来、堤は校内で俺のストーカーになった。

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