愛は世界を救えるか
「あとは…、今回のご依頼、私羽崎を指名という事でしたが、その理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「とある方からこちらの羽崎さんを勧めていただきました」
「そうなんですね、それはとても嬉しいです。ですが、うちには他の社員もいますよ。たとえば自分より体格もよくて見た目で牽制できるようなやつもいます」

後は、と言葉を続けようとしたところで富田に「いえ」とさえぎられる。

「今回は羽崎さんでお願いします」
ニコリと笑って言ってる富田だが、その笑に有無を言わせない何かを感じて羽崎は一瞬ドキリとした。

「…わかりました。では、今回の件は私が担当させて頂きます。契約は確定ということで大丈夫ですかね?」
「はい」
富田は小さく頭を下げて「よろしくお願いします」と言葉を続けた。



契約期間等の細かい説明も終え、本契約の書類のサインを済ませると富田はすぐに帰っていた。
ずいぶんとすんなり決まってしまった。
富田は悩む素振りもなく、羽崎の説明に対して返事をするだけで、まるでどんな契約内容だろうと最初から断る気は無かったかのような、そんな流れだった。

羽崎は契約書をまとめてファイルに入れると壁際の棚にしまった。
大抵の依頼者はこのオフィスに入ってくる時に不安気な顔をしている。が、富田に関しては逆だ。むしろ笑みを絶やさなかった。

胸に何かが引っかかるが、何なのかが分からず羽崎の眉間のシワはこくなる。
うーん、と声を漏らすと、その後から菜々子の声が聞こえた。

「なーんか、あの人見たことある気がするんですよねぇ」
「富田さん?」
「うん…、でも記憶が曖昧で」
「まあ、富田さん、社長秘書みたいだしな。もしかしたら菜々子の前職のお客さんだったりして」
「それはないわ。だとしたら覚えてるはずだもの」
「だよなー」

菜々子も羽崎と同じような顔をして悩んでいるようだったが、手元のエクレアを頬張ると一変して幸せそうにモグモグ口を動かした。
ちなみに、そのエクレア、芸能人御用達の有名な洋菓子店のものらしく、冷蔵庫にあと5つはある。
どうして世の女性達は甘いものがあんなにも好きなのだろうか。

「とりあえず、今回の契約は2週間くらいで短いけど俺も久しぶりに現場仕事だから気合い入れないとな」
「そうですよ!ヘマだけはしないように…おっと」
「………キーボードに生クリーム落とすなよ」

菜々子は「はーい」と返事をして生地からはみ出た生クリームを指先ですくい、ピンクのルージュが光る口にそれを入れた。



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