二十年目の初恋
雨の日に 6

「さぁ、そろそろ行きましょうか? あぁそうそう、この前偶然大学の事務長に会ったの。あなたのお給料と退職金の明細が戻って来て困ってるって。今の住所、大学には知らせてないでしょう?」

「あぁ、はい。理事長のことがあったので知らせたくなくて、そのままに」

「そうだったわね。でも事務長は新しい住所を連絡してくれるか大学まで明細を取りに来て貰いたいって言ってたわよ」

「分かりました。何とかします」

「じゃあここは、ささやかな結婚のお祝いっていうことで、ごちそうさせてね」

「あっ、いえ。この前もそうでしたから、きょうは私が」

「年上には奢って貰うものよ。親子に見られても、おかしくない位なんだから」

「そんな、親子だなんてとんでもない。家の母、来年六十歳になります」

「この歳になるとね、四つや五つ大した違いじゃなくなるのよ。もっといくと十や二十違っても年齢差なんて感じなくなる。要はいつまでも気持ちが若ければ実年齢なんてあってないようなものなの」

「そうですね」

「あなたはこれから新婚なんだから二十五歳位の気持ちで居ればいいのよ」

「はい」

 確かに悠介にときめいている私の精神年齢は二十五歳位なんだろう。

「彼によろしくね。きっと幸せになりなさいね。あなたみたいな優秀な秘書が良い奥さんになれない訳がないわ」

「ありがとうございます」

 お店を出て

「マンションまで送りましょうか?」

「いえ大丈夫です。寄りたい所もあるので」

「そう? じゃあまたね」

「はい。ごちそうさまでした。お時間を作っていただいて、ありがとうございました。お気を付けて」

 真っ白なポルシェを見送って私は歩き始めた。まだ止みそうもない雨の中、ミントブルーの傘をさして歩きながら考えていた。学長秘書の件、お断りしてしまって良かったのかな。私なんかでも、お役に立てるのなら引き受けるべきだったのだろうか? 申し訳ない気持ちと、これで良かったんだという気持ちの間で揺れていた。

 時間は二時半を少し過ぎたところ。そういえば退職金の明細どうしよう。悠介のマンションの住所を連絡すべきか、それとも久しぶりに大学まで取りに行くべきか。帰りにはデパートにでも寄ってマンションに置く可愛い小物でも見て廻ろうかと思っていたけれど。

 事務長も困るでしょうし仕方ない。出掛けたついでに大学まで行こう。そう決めてバスに乗り大学前のバス停で降りた。
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