二十年目の初恋
雨の日に 5

「綺麗……」

「本当にそうね。でもこのお料理たちは食べられるために作られたんだから、遠慮なくいただきましょう」

 食事の時はこれは食材は何とか……。難しい話は後にして美味しい和食を堪能した。

「ごちそうさま。美味しかったわ」

 食事が済んで

「ところで、きょうは前にお願いした件の返事に来てくれたのよね?」

「はい」

「新しい大学で学長秘書としてサポートしてくれる気になった?」

「そのことなんですが。せっかくのお話を申し訳ないのですが……」

「もしかして彼に反対されたのかしら?」

「いいえ。彼は必要だと期待してくださるのなら応えるべきじゃないかとそう言ってくれました」

「じゃあ、なぜ?」

「十一月には籍を入れて結婚することになりました。一度失敗してますから同じ過ちを繰り返したくないんです。仕事をしていても上手くいっているご夫婦は幾らでも居ます。でも……正直両立する自信がありません。彼は私をとても大切にしてくれます。彼のご両親も小さい頃から私を可愛がってくれていました。この結婚で失敗する訳にはいかないんです」

「そうね。あなたの気持ち良く分かるわ。私があなたの立場だったら、やっぱり同じことを考えると思う。分かったわ。秘書の件は諦める。あなたには幸せになって欲しいから、私の分までね。でももしもまた仕事をしてもいいと思うことがあったら、その時は私に連絡して。 あなたならどこへでも推薦出来るから。家庭の主婦にしておくのは、もったいない位のスキルを持ってる」

「とんでもない……」

「しばらくは大学で用意してくれる秘書と頑張ってみるわ。あなたのポストは空けておくから」

「私なんかより有能な方が、きっと見付かると思います」

「言ったでしょう? 私はあなただから十三年間やって来れた。まぁ最初は卒業したばかりのお嬢さんに何が出来る? そう思ったけどね。あなたは見事に期待を裏切ってくれたわ。良い意味でね。本当に助けられたのよ」

「ありがとうございます。そこまで言っていただいて……」

「気長に待つことにするわ。彼だけの秘書でいることに飽きるまで」

 そう言って副学長は笑った。その笑顔はとても温かい、まるで母親のような優しさを湛えた笑顔だった。
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