二十年目の初恋
痛み 16
「えっ? 何のこと?」

「落ち着いて聞いてね。昨日、家の病院に、ご主人が来たの。彼女と一緒に……。家の病院、分かるわよね」

 絵里の家は大きな産婦人科。絵里はそこで事務長をしている。

「彼女、妊娠四ヶ月だって。それに籍も入ってた。優華、聞いてる? ねぇ、大丈夫?」

「うん。聞こえてるよ。大丈夫だから。ありがとう、教えてくれて。また電話するから」
 
 昨日? じゃあ、さっきデパートで見かけたのは、あの二人……。昨日、妊娠が分かって、もうベビー用品買いに行ったの?

 そうなんだ。そうだったんだ。だから離婚届、半年も放っておいて彼女が妊娠してるかもしれない。それで慌てて出したんだ。

 携帯を持ったままの手にポトポト落ちるのは何? どうして泣いてるんだろう、私。

 十年、一緒に居ても私には授からなかった。なのに彼女は一年とちょっとで彼の赤ちゃんを……。赤ちゃん出来なかった理由は私にある。これで、はっきりしたってことなんだ……。


 ソファーに座ったまま、何もする気が起こらなかった。

 雨が降り出した。遠く雷の音まで聞こえた。

 まだ夕方だというのに窓から見えるのは暗い空。私の気持ちそのままの色に染まってる。

 何も出来ずにソファーの上で膝を抱えて……。


 どれくらい時間が経ったのか。外はすっかり夜の色。星も見えない空。雨はどうやら止んだらしい。

 このまま眠ったら少しは楽になれるのかな?

 また携帯がテーブルの上で歌ってる。悠介……。

「はい」

「優華、俺だけど。仕事、もう済んだんだ。今から行ってもいい?」

「えっ? ごめん。きょうは……」

「どうした? 何かあったのか?」

「ううん。ちょっと疲れただけだから」

「もうそっちに向かってるから。じゃあ、顔だけ見て帰るよ」
 携帯はそのまま切れた。

 どうしよう……。とにかく顔を洗って来よう。メイク落ちてるし……。鏡の中のスッピンの顔。目が赤いのはどうしようもない。
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