御曹司と愛され蜜月ライフ
「でもまあ、すごいですよね。絢巳さんの、あのバイタリティーは」



近衛課長の部屋に置きっぱなしにしていたティーカップたちを片付けながら、私は言った。

3人分のカップとソーサー、それからミルクやスティックシュガーを、自分の部屋から持って来たときに使ったおぼんに乗せていく。


せっせと動く私と対照的に、家主である課長はなぜか玄関を上がってすぐの場所に立ち尽くしたままだ。返事がないことも気になって、その方向を振り返る。



「……課長?」



そこで初めて、課長の顔を見た。

視線を床に落とし、何かを考え込むような真剣な表情。

会社で見るものと近いそれに、知らずうち胸がざわめくのを感じる。



「課長、あの……?」

「……卯月、」



不意に顔を上げた彼に名前を呼ばれ、ドキッと心臓が弾んだ。

課長はまっすぐにこちらを見ていた。その真剣な表情のまま、また口を開く。



「卯月、俺は自分のこわいものから、ここに逃げて来た。……逃げたくせに、この場所を、居心地よく感じていた」



ひとことひとこと、噛みしめるように。そして自分に言い聞かせるようにしながら、課長は続ける。



「でも、どこかで本当はわかってた。こんな子どもじみた……家出みたいな真似がいつまでも通用するはずないって、本当は、いつも後ろめたかった」



絡んだ視線がほどけない。

私の心の奥に眠る、誰にも見せない“私”が叫ぶ。

やめて、もう聞きたくないと、叫んでいた。
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