御曹司と愛され蜜月ライフ
一瞬表情をくもらせ、それでも絢巳さんは、顔を上げて課長を見据える。



「それでも、やるしかないですね。自慢じゃないですが、意外と私、行動力あるんですよ?」

「大丈夫です。それはもう、十分すぎるくらいわかりました」



降参といった様子で両手を上げる近衛課長に、私も絢巳さんもくすくす笑う。



「それでは、私はこのへんで。失礼します」



ぺこりと会釈した彼女が、こちらに背を向けた。

気になっていたことを思い出した私は、あわててその背中に声をかける。



「あ……っ絢巳さん、待ってください!」

「はい?」



私の声が届いたらしい絢巳さんが不思議そうに振り返る。

直前で一度迷ってから、思いきって問いかけた。



「あの、絢巳さんは……どうして、近衛課長がここに住んでるって知ってたんですか?」



だって、課長は誰にも引っ越しのことを教えてなかったはずなのに。

家族ですら知らないここの住所を彼女が知ってるのは、やっぱり何かおかしくない……?


こちらの問いかけに、一瞬きょとんとした表情を見せた絢巳さん。

けれどもにっこり、そのお顔に満面の笑みを浮かべたから、つい私もつられてへらりと笑う。



「秘密です」

「………」



さっき青山さんのことを訊ねたときと同じ、口元に人差し指をあてる絢巳さんは、どっからどう見ても可憐でかわいい。

けれどもその笑顔の奥に闇を見た気がして、それ以上は追及できなかった。



「まあ……やろうと思えばいろいろあるんだ、調べる手段は」



今度こそ去って行く絢巳さんの背中を眺めつつ、課長が平然とそんなことをつぶやく。


……お嬢様、こわいわ……。

意外とアクティブなあの彼女と出会って以降、ここに来て初めて、私はしみじみそう思ったのだった。
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