御曹司と愛され蜜月ライフ
──だけど。



「これからも、その……私が作ったものでよければ、おかずのおすそ分けしましょうか?」



だけど……それでも私は、彼の香りが離れたさっきの一瞬で不意に思ってしまったのだ。


私が作った料理を食べたときの、課長のやわらかい笑顔。

あの顔をまた、見たいって。



「……ほんとに? いいのか?」



驚いたように訊ねてくる彼に、また小さくうなずく。



「どうせ、自分の分を作るついでですし……上に立つ人間がそんなふうに不摂生だと、部下は安心できませんよ」



すらすら話しながら、だけどこの言葉は、まるで自分にも言い聞かせているようだ。

もっともらしいことを言って、自分の申し出を正当化してる。


……本当にちょろいのは、私の方なのかも。

平穏な日常を過ごしていきたい思いは変わらないくせに……一瞬よぎっただけでしかない感情のまま、後先考えずにこんな提案するなんて。


かわいげのない私の物言いに、それでも近衛課長はうれしそうに微笑んだ。



「ありがとう。それじゃあ、頼む」



今日ずっと、思ってた。

近衛課長は役職とか年齢とか性別とか関係なく、誰に対しても謝罪や感謝の気持ちをちゃんと相手に伝えられるひとだ。


……それが、予想外だったから。自分が勝手に持ってたイメージと、現実の彼が全然違ってたから。

だからきっと、びっくりして今もドキドキしてるだけ。



「……はい」



もういらないと思ってた、このなつかしい胸の高鳴りの理由は……きっと、そうに決まってる。


なんでもない、ただの休日になる予定だったこの日。

私は自分から、今までと違う日常に手を伸ばしてしまった。
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