隣の彼は契約者

05*6



 動揺する私に、先輩は反対の手で座るよう促す。
 躊躇いながらもお盆をデスクに置くと席に着くが、コーヒーを飲む気までは起きない。反対に彼は数口飲んだカップを持ったまま椅子に背を預けた。


「先週、お前の携帯を拾った時まさかとは思ったが……」
「や、やっぱり見たんですか!?」
「アドレスだけでわかる……末尾が同じだからな」


 大きな溜め息に、道理で変な顔をしていたはずだとチョコナンを渡した日を思い出す。すると、呆れたような目を向けられた。


「ついでに言うと……お前が小説を書いているのを何度か見たことがある」
「ええっ!?」
「ここで昼食を摂ってる時とかな……保護フィルム、付けた方がいいぞ」


 衝撃の指摘に言葉を失う。
 なるべく会社では書かないようにしていたが、やはり浮かべばメモしたくなるもの。携帯どころかその辺の紙にさえ書いたことがある私は顔から火が出る思いで両手で顔を覆った。


「で……お前の書いた話が本になるって?」


 静かな声には充分な力があった。
 ゆっくりと両手を外し見上げると、カップに口を付けているにも構わず訊ねた。


「大橋さんに……聞いたんですか?」
「いや……編集にも守秘義務があるからな。だが、ハンドルネームと○×出版が贔屓にしてるサイトを調べれば……な」


 瞼を閉じたままコーヒーを飲む彼に、心臓は破裂しそうなほど早鐘を打っている。
 それでも聞かずにはいられないことを訊ねた。


「読み……ました?」



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