隣の彼は契約者

05*7



 声どころか身体も震える。
 抑えるように隠すように彼だけを見ていると、飲み干したカップがデスクに置かれた。


「読んだ」


 ハッキリとした声に、膝の上に置いた両手を握りしめる。
 そのまま動けなくなってしまった私に、身体ごと向けた先輩は眼鏡の奥にある目を細めた。


「反対に聞くが……お前、俺のこと調べたか?」
「……はい」


 ついでに本も持ってましたと言うと眉を顰められ、居た堪れなさに視線を逸らす。なのにポツリと訊ねてしまった。


「先輩……少女漫画、好きなんですか?」


 極限まで眉を吊り上げた先輩に慌てて両手で口を押さえるが時既に遅し。
 長く重い沈黙に冷や汗が流れ、土下座するように上体を丸めた。


「防衛手段だった……」
「え?」


 落ちてきた溜め息に、頭を上げる。
 眼鏡を外した先輩は荒々しく前髪をかきながら続けた。


「俺の家は女系でな……母を筆頭に姉も妹も根っからの少女漫画好きなんだ。そのせいか唯一男の俺はお姫様ごっこする度に王子役を押し付けられ散々な目に遭ってきた」


 王子からは出ないであろう禍々しいものが背中から溢れ、頷くしかない。怒りを鎮めるように大きな息を吐いた先輩は眉を顰めたまま頬杖をついた。


「そこで……ヤツらの理想の王子を絵にした方がいいのではと描きはじめたんだ」
「なるほどー」


 確かに私も理想の男性を絵にできればと挑戦したことがある。
 絵心なさすぎて諦めたけど、あんなにも上手な先輩は余程勉強したのだろ。ただ逃れたい一心だったかもしれないが。



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