隣の彼は契約者

09*4



 冷や汗を流す私に、美鶴ちゃんはそっと囁いた。


「まひろ、帰りにゆっく~~~~り話しましょうね」
「は……はいぃぃ~~~~」


 先輩よりも笹森さんよりも数百倍怖い人がいた。


* * *


 終業のチャイムが鳴り、私も帰り支度をはじめる。
 普段なら『わーい、定時で終わったー! 帰って小説書くぞー!』と舞い上がるところだが、この後の約束を考えると憂鬱で突っ伏した。


「……なんだ、重いぞ」
「触らぬ神に祟りなし……親友ほど恐ろしいものはない……the・end」
「お前の会話力が既に終わっているのはわかった」


 諦めたように支度を終えた相沢先輩は立ち上がる。
 私は頬を膨らませるが、真後ろを通って立ち止まった横顔から見える目が私を捉えているのに気付く。それが『こい』と促している気がして、萎んだ頬が熱くなると力を失くしていた身体を起こした。

 定時後すぐだからか、廊下は多くの社員が行き交っている。
 会社は六階建てで、総務課があるのは四階。いつもならエレベーターを使うが、人の多さに先輩は階段へと向かった。その際に振り向かれるが、座りっぱなしの業務のため構わないと頷くと後ろに続く。

 一歩入ると、夕日に迎えられた。
 窓ガラスなのもあり、いっそう眩しくて手で遮るが、階段を降りていく背中を慌てて追い駆ける。数人とすれ違った後、誰もいないのを確認すると訊ねた。


「先輩はこのままお帰りですか?」
「ああ……本屋に寄るぐらいだ。お前は?」
「えっと、美鶴ちゃ……友達と約束があります」


 そう言うと、足を止めた先輩は横顔を向けた。



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