◇君に奇跡を世界に雨を◇
「……猫?」
「そう、猫。雨っていうんだ。ぼくが勝手に呼んでるんだけどね」
「変な名前」
にゃー。
紫陽花の影で雨宿りする猫の雨は、私達を見上げて、小さく鳴いた。
「知ってる? こういう柔らかい細かい霧雨の事を猫毛雨って言うんだよ」
『猫毛雨』
柔らかな猫のビロードのような毛皮と、空から降る霧のように小さな雨粒。
不思議な言葉の響きに、きゅっ、と心臓が掴まれたような気がした。
「いい名前でしょ?」
私が素直にうなずくと、男の子は嬉しそうに笑った。
「ぼくの名前はユウ」
――ユウ。
柔らかくて優しい雰囲気の彼に、ぴったりの名前だと思った。
「私は……」
「知ってる。あかりちゃんでしょ?」
どうして、私の名前を知ってるの?
そう問いかけようとした時、廊下に遠くから足音が響いた。
「あ、看護師さんの見回りだ。じゃあ、ぼくは行くね」
ユウはふわりと笑うと、足音もたてずに暗い階段の方へと消えていった。
にゃー。
外で小さく、雨が鳴いた。