もしも沖田総司になったら…

前世の記憶

 少女が入院している病室はどこか寂しい印象を最初に持った。ちょっと外に出てみれば花が咲いているというのにここだけ別の空間になってしまったかのように悪い言い方をすれば隔離されているようにも思えた。
 精神・心療内科。
 どうやら少女が入院している場所らしい。あまり目立って看護婦が動き回っていることもないし、入院患者付き添いの家族とやらの姿もあまり見当たらない。ましてや、その患者の姿もあまり見かけなかった。
 「…ここは、他の診療科とはちょっと違うから…貴方、こっちは初めて?」
 「え?あ、うん。この病院に来たのも最近だったからね」
 少女の車椅子を先頭にして日頃過ごしているらしい個室の病室に入ると必要最低限のモノしか存在していない、まさに寂しい病室だった。
 「私はまだマシな方なんだって。…酷い人になるとベッドに寝たきりになっちゃって…拘束されることもあるって聞いてる…」
 よいしょ、っと車椅子から大分慣れた様子でベッドに乗り上がると見た目ではとても病院にいるのはふさわしくない健康とも言っていいぐらいの良い顔色を見ていればニコリと微笑を向けられた。
 「…私は、生まれたときから前世の記憶っていうのがあって…それが親には許せないらしくて病院に放り込まれたの。お見舞いにもほとんど来てくれない」
 「…その、前世の記憶って…?」
 「いろいろな時代を、いろいろな人物として生きてきた記憶があるの。海外で、過ごした記憶もあるし、昔の日本で武家の生まれで育ったこともある…そのときは幼い頃に歳の離れた弟がいたんだけど、離れ離れになっちゃって…それっきりっていう生活だった」
 「……さっき、ボクのこと誰?って聞いたのは…なんで?」
 「違和感っていうか…見てすぐに分かった。その身体と貴方の心…魂は別の人間のモノだなぁって…それにその身体の本当の魂はすごく遠いところに行っちゃってるってこともなんとなく分かる」
 「へぇ?面白いことを言うね。だったら、ボクはこれからどうすれば良いのか…そういうことも分かったりするのかな?」
 正直俄かには信じられないけれど、世の中には易者と呼ばれる人がいるらしい。他人の運勢やこれから先の運勢といったものを判断するそうだ。そういうのは博識な人がより良い行動を進めていく上で必要なことだと思っていたけれどこの時代では占いというものは結構庶民的なものらしい。
 少女の言葉を全否定する気にはならなかったけれど、本当にボクのことを分かっているかどうか意地悪な質問をしてみることにした。
 「……刀…病…再会のときはそう遠くない、と思う…だけれど、代償が伴うとも感じられる…」
 「代償?」
 「…今の貴方にとって偽りの平和を望むことも出来るけれど、代償を伴った本来の自分を取り戻すことも出来る…みたい」
 「……ふぅん?」
 本当に占いでもしてもらっている気分になった。今まで占いとか興味が無かったからそれらしい人物を見かけることがあっても素通りしてきちゃったけれどたまにはこういうモノに触れてみるのも面白いのかもしれない。当たるも八卦当たらぬも八卦って言うしね。
 「…その代償っていうのが気になるけれど…もしかしてボクが死ねば元に戻る、とか?」
 「そこは…っ…分からない…貴方が死ぬのか…貴女が死ぬのか…」
 「え?」
 「アナタは二人の命を抱えてるとも言えるのかもしれない…だから気をつけて、総司」
 「え、ちょ…今…」
 久しく呼ばれていなかったボクの名前にびくりと肩が震えてしまった。今までこの身体の持ち主の名前で呼ばれることに慣れてきてしまったから自分の本当の名を呼ばれることに喜びさえ感じてしまった。
 「…総司…って言うんでしょ?貴方は」
 「……沖田、総司だよ。ボクの名前は、ね」
 この子になら打ち明けてみても良いと思ってしまった。
 もしもこの子が看護婦たちにボクのことについて話しを打ち明けるようなことがあったとしてもこの子の入院している場所が場所だけに変わった子として軽く流されてしまうだろう…と、ボクが判断した結果だ。酷い言い方かもしれないが、あまりここの診療科には今のボクは長居しないほうが良いらしい。
 「…武家の生まれで育ったことがあったって話したでしょ?そのときに弟がいたの…総司っていう名の。…それで私の名前はミツ…だった」
 「!それ、姉さんの名前…」
 単なる偶然かもしれない。
 適当に少女が口にした名かもしれない。それでも、ボクが幼い頃に離れ離れになってしまった姉の名と同じものだったことに驚きを隠すことが出来なかった。新選組の中でもボクの姉のことを知る人は近藤さんや土方さんぐらいしかいないだろう。
 「…でも、前世の記憶だから…貴方がここにいるのは変だと思った…」
 「……それ、ボクが一番変だと思ってることだから。あ、後はこの身体の持ち主、かな」
 思わずクスッと微笑を浮かべると少女も僅かに困ったように笑い返してくれた。
 姉とも他の家族とも小さな頃の思い出しか持っていないから分からないけれど、姉とこの少女の見た目はまったく別物だ。前世の記憶をずっと持ち続けて生きてきているのならば身体を新たにしながらも本当に中身…記憶だけが残っているのかもしれない。
 前世の記憶を持ちながら生き続けているというのはどんな感覚なんだろう。いろいろな生き方をしてきた人間の思い出が残ってる感覚…。駄目だ、想像も付きやしない。小難しいことを考えるのは苦手なんだよね。
 「……この身体の子もきっと困ってるだろうし、とにかく何かのきっかけで元に戻るかもしれないし、ボクは諦めてないから。ありがと、楽しい話しを聞かせてくれて。機会があったらまた会おう、ね?」
 自分の足で歩いたほうが早いのかもしれないが、ゆっくりと車椅子を推し進めることで少女の病室から出て行くと自分の世話になっている病室に向かって戻っていった。
 …代償…。
 少女の言葉を信じるとすれば戻るためには代償とやらが必要になるらしいが、それは一体何なのだろうか?
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