もしも沖田総司になったら…
車椅子の少女
 この平成の時代。そして、病院で治療を行われてから数日が経った。この時代は医療技術もとてもボクがいた時代と場所よりも進歩しているものばかりでとにかく楽に過ごすことが出来ていた。だけれど、その楽な時間をどう過ごして良いのか分からずいつも退屈に無駄な時間を過ごしてばかりいた。
 怪我の具合…どうやら大きなモノに衝突されたらしいこの身体はほとんど完治してきているものの細かな検査や万が一頭の中に異常が無いか心配した母親らしい女性の言葉もあってもう暫くは病院に滞在することに決まったらしい。この子の母親は相当な心配性だということが分かった。少しでも散歩に行きたいと言うものならば「大人しく寝ていなきゃ駄目よ!」と厳しく声を掛けてきてボクの言葉はぴしゃりと否定されてしまう。おかげで必要最低限の用事が無い限りはずっと寝台…ベッドの上で過ごしてばかりいた。
 定期的に運ばれてくる食事の時間はまだマシだ。食事をすることで気を紛らわすことが出来るし、このときばかりは退屈だと考えることが無いから。でも、食事も終えてしまうと退屈で退屈で精神的に参ってしまいそうになる。
 「…ほんの少しだけで良いから…外に出られないかな…?」
 「そう、ねぇ…。今日はお母さん来ないみたいだし…治療の具合も順調そうだし…念のために車椅子に乗って移動するなら構いませんよ?」
 車椅子?
 病院の中はいろいろな人たちがいる。医療関係者もいれば、もちろん多くの患者たちもいるが、そのなかには車輪が付いた座椅子に座りながら移動している姿もあった。恐らくそれが車椅子と呼ばれているものらしい。それに乗らなければ移動することが出来ないほど重症ってわけじゃないんだけどね。
 「…分かり、ました…。じゃあ、それ貸してください」
 名前は一応名乗ってもらったけど、忘れちゃった。ボクを担当している看護婦さんにお願いしてみると車椅子を使った散歩ならということで許可が下りた。やっとこれで外に出れる。まともに外に出ていなかったからここがどんな場所なのか把握しておきたいし、念のために危険が無いかどうか見て回っておきたかった。
 「はい、どうぞ。乗れる?一人で大丈夫かしら?」
 「あぁ、はい。なんとか…これで動かせば良いんですよね?大丈夫です」
 暫くしてから看護婦が無人の車椅子をボクの部屋に運び入れてベッド脇まで運んで来てくれると少しばかり乗り心地はあまり良いとは言えない車椅子とやらに腰を落ち着かせていけば手元脇の車輪を動かして軽く操作してみた。うん、特に扱い自体は難しくなさそうだ。
 「すぐに戻ります。ちょっと外の空気を吸ってくるだけですから」
 一応、母親が来たときに慌てないよう看護婦に散歩に出掛けていることを伝えると車椅子を操作して廊下を進み、病院の庭だろうか…所々の地面にはまるで患者を飽きさせないかのように植えられている色とりどりの花が存在していた。今の季節はちょっと寂しいものがあるけれど、桜らしき木も近くに存在していて春になれば桜が満開の景色を楽しむことが出来ただろう。
 「…貴方…誰…?」
 「え?」
 ついつい至るところに存在している植物に目がいってしまっていて存在に気がつかずにいたがボクとは反対側からボクと同じように車椅子に乗って移動してくる一人の少女の姿があった。
 ただ、少女の口からは怪訝そうにボクを見て「誰?」と聞いてくることに胸がざわりと違和感を抱いた。見たところお互い初対面だと思われるが、初対面の人間に向かって「誰?」なんて普通聞くだろうか。
 「……いきなり、何?…友達…とかじゃないよね?」
 病院で連日過ごすなか、友人と名乗ってくる同姓たちの名前までは覚えていないものの一応顔は覚えたつもりだが、車椅子に乗ったこの少女には見覚えが無かった。
 「そうじゃないの。…貴方は…違う。…貴方の身体と魂は違う人のモノみたい…」
 少女の言葉にドキッとした。
 頭が混乱していないかどうか確認をするために自分が何者なのか名前は何というのか検査を受けたことがあったけれど、とてもじゃないが「沖田総司」と名乗れる場の雰囲気では無かった。それに先日目を通した歴史書に存在していた沖田だと告げてもきっと誰も信じてくれないだろうと思ってしまったから。もちろんボクのことは誰にも、それこそこの身体の母親にも告げてはいない。きっと話したところで母親は余計に取り乱すだけだろうし、再び頭に異常がないかどうか細かな検査を受ける羽目になるだけだろう。そんな面倒な目に遭うぐらいだったら最初から別の人間として演じていけばいつかはボク本来の身体と時代に戻れると考えていたから黙っていた。
 「…何が言いたいのか分からないけれど、面倒事は嫌いなんだ。キミ、頭でも打った患者だとか?」
 「……私、感じるの。前世の記憶とか…でも誰も信じてくれないの…」
 ヤバイ、泣かせてしまうだろうか。
 ボクは、子どもが決して嫌いというわけではない。寧ろ一緒に遊ぶことは好きだから屯所近くに住んでいる子どもたちとは空いた時間を使って遊んであげたりしているけれど、たまにキツイ言葉を吐いてしまって子どもを泣かせてしまうクセがあるようだ。目の前にいる少女はまだ幼そうだし、こんな場所で泣かせてしまったら絶対ボクの責任になってしまって叱られてしまうかもしれない。もっと面倒なことになる前に少女の言うことに適当に相槌を打っておこうか…。
 「前世の記憶?…へぇ、面白いことを言うんだね。ちょっと詳しく…そうだな…ちょっとおしゃべりでもしようか」
 きっとボクのようにまともに取り合ってくれる人間とは出会って来なかったんだろう。ボクがちょっとその気になって少女の気を引こうとする言葉を投げかけてみれば少女の顔色がすぐに変わった。本当にこの少女は前世の記憶とやらを持ち合わせているのだろうか?世の中には頭を変なふうに打ち付けるだけで簡単に記憶を失ってしまう人間もいれば、ちょっとした拍子で今までの性格とは考えられないような考えを持ち初めて生活を送り始める人間がいるらしい。ほとんどの人たちは精神的に痛んでしまった人間として病院送りにされてしまうことが多いらしい。今、散歩に出てくる途中にもいろいろな患者をちらほらと視界に入れてきた。
 看護婦とも最低限の会話をすることがあるけれど、精神異常者と呼ばれて扱われている患者もいるらしい。もしかしたら少女のそのうちの一人なのかもしれないが、前世の記憶を持っているだなんてちょっと面白そうじゃないか。ボクはちょっとした好奇心と退屈を紛らわすために少女が入院している病室へとともに向かって行った。
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