恋は天使の寝息のあとに
兄弟愛なんてものはない。
希薄な関係だった。
助けるほどの義理もない。

だが、一応『妹』である目の前の女性が心配でもあったし、何よりお腹の子が不憫でならなかった。

ひょっとすると、強迫観念だったのかもしれない。
自分が幼いときに見ていた、苦労する母の背中。
父親がいてくれたらいいのに、と、感じていた自分。
彼女が産む子どもを、自分と同じ目に遭わせてはいけないと思った。

気がついたら、口走っていた。

『子どもは好きだ。多少なら面倒見てやってもいいぜ?』

嘘だった。子どもは苦手だ。どうやって扱えばいいのかわからない。

だが、もしも俺にできることがあるとするならば。
ほんの少しでもいい。父親のぬくもりってやつを、まだ見ぬお腹の子に教えてやりたいと思った。

理由を言葉にするならば『縁』と『情』ってやつだ。


かくして、沙菜の子育てを手伝う決意をした俺は、里香に助けを求めた。

里香とは一年半前に破局していたが、お互い納得して別れを選んだ俺たちの関係は未だ良好だった。
友人に戻る――とは少し違うかもしれない。十年も一緒にいると、その関係性は普通ではなくなる。
ひょっとしたら、お互い、引きずるものがあったのかもしれない。
近すぎる、が、一線を越えないぎりぎりの距離。それを見て沙菜が勘違いしたのも無理はない。

里香はすでに別の男と結婚して、生まれたばかりの子どもがいた。
職業的にも、同じ年代の子どもがいるという点でも、アドバイスを貰うには、彼女が適任だった。
とはいえ、早く結婚して子どもが欲しいと主張した彼女を煮え切らない態度であしらっていた俺が、よりにもよって子どもの扱い方を聞くことになるとは。なんという皮肉だろう。

それでも彼女は嫌な顔ひとつせず、生後間もない子どもへの接し方を俺にレクチャーしてくれた。
< 163 / 205 >

この作品をシェア

pagetop