恋は天使の寝息のあとに
……泊まる? どこに?
まさかと思いながら「どこにですか?」と問いかけると、案の定彼は「ここに」と答える。

予想もしていなかった事態に、なんで? と頭に疑問符が並ぶ。

「夜中に突然倒れられでもしたら、困るし?」
彼がそう答えたところで、その行為がもしかして私に対する配慮なのだろうかと思い当たって、余計に混乱した。

「心配してくれてるんですか?」

「ちゃんと元気な子ども産んでもらわないと、俺の楽しみがなくなる」

ぶっきらぼうにそう言うと、彼は再びボストンバッグを担いで階段を上り、物置――もとい、彼の部屋へと向かう。
有無を言わさぬ彼の調子に呆然としながらも従うほかなかった。


長い間、放ったらかしになっていた部屋だ。もう何ヶ月も、下手したら何年も掃除をしていない。
あの部屋を使うならば掃除機をかけなくては。それから布団も日干しした方がいい。幸い、今日は晴れている。

掃除機を抱えて恭弥の部屋を訪れると、それを見た彼はぎょっと目を見開いた。

「いい! 自分でやるから!」慌てて掃除機を私の手から奪い取る。

「あと、お布団を一度日干しした方がいいと思って……」私が押入れの布団に手をかけると

「大丈夫だから! 俺やるから!」そう叫んで私に待ったをかけた。

「重いもの持たなくていいから! お前は座ってろ!」

仕事を奪われて、強引に部屋から追い出されて、私はぽかんと立ち尽くす。


かくして、出産までの四日間、私と恭弥の初めての兄妹生活が始まった。

が、私たちはそれほど仲がいい訳ではないし、同じ部屋に居ても、基本的に恭弥は無言だし、例え私が話しかけたとしても大した会話にはならなかった。
私のことを嫌っているのではないかとも思った。

それでも、毎日仕事を定時で終わらせて帰ってきてくれたり、重い荷物を運んでくれたり、洗い物やお風呂掃除を代わってくれたり
彼なりの優しさは十分に感じられた。
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