そこには、君が






「明香、ありがとう」





「じゃあ、私も帰るね」





私は最後の最後に徹平の目が見れず、


俯いたまま席を立った。


私が去った後のその席で、


嗚咽を吐きながら徹平が泣いているのが分かった。


私は振り向かなかった。


もう徹平に寄り添えないから。







「春太さん」






5分待ってて、と外に行かせた春太さんを、


実際は10分以上待たせてしまった。


しゃがみ込んでいた春太さんは、


私の声で立ち上がると、


私の後ろに徹平がいると思ったのか、


私の後方を気にしているようだった。






「徹平とも会えるなんて思ってなかったので、ありがとうございました」






「いや礼なんて、」






「ちゃんと凛と別れてあげてくださいね」






「…うん、分かった」







私に出来ることなんて、


事が起こった後に慰めるだけ。


いつでも準備は出来ている。







「では、帰ります」






「うん。本当ありがとう」







一礼をすると、


私は走ってその場を離れた。


こんなに走るのが久しぶりで、


息もまともに出来ていない。


苦しくて体が動かない。


それでも走り続けた。


向かう先は、ただ一つ。






「もしもし、大和…?」





『お前、どこにいんだよ』






待たせやがって、と怒っている、


電話越しの大和の声に、


涙腺が緩む。







「今、どこ?」






『お前の家の前。来たら出ねえし、連絡つかねえし』






「今帰ってる…、走ってて、」






息が切れて上手く話すことが出来ない。


何を言いたいかも分かんない。


でも無性に大和に会いたくて。







『走んなくても逃げねえよ』






「分かってる…けどっ、」






『ずっと待っててやるから。ゆっくり帰ってこい』







こんなセリフに、


私は心を踊らされている。


安心させられる。


待っててくれるって、


分かってるんだけど。


私は一刻も早く会いたくて、


言うことも聞かずに走って帰った。





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