そこには、君が






あの音を奏でてくれる知らない人を、


裏切るようで嫌だったから。






「……んで、泣く」




「…うっさい」




大和は私の指や手のひらに触れ、


怪我をしていないことを確認すると。





「泣き止め、ぶす」





暴言を吐いた。


泣いていた。


知らない間に私の目から、


涙がボロボロこぼれ出る。






「もう…何なの」





追いつかない感情が、


私を更に煽る。


求めているものに、


手を出すことを自分が許さない。


そんなこと初めてで。





「皿もういいから」





「離して」





「置けって」





「ほんとうざい。ほっといて」






大和にだけなの。


こんなに気持ちを言えるのは。


だからいつも、私は大和を


怒らせるし、傷付ける。






「明香」





だけど大和は。





「落ち着け」





いつも向き合ってくれるし。


私の傍で、さりげなく守ってくれる。


そんな大和が、本当に大好きで。





「大、和…」





大和は私の手から、


静かに濡れたお皿とスポンジを取ると。


優しく私の手を拭いて、自分の方へ引いた。


大和は私に背を向け、歩き出すと、


見慣れた一室へ。


キングサイズのベッドと、


部屋の真ん中に小さなテーブル。


棚には大和の好きなマンガと、


私の好きなCDたち。


カーテンは真っ暗で、


部屋の中はいつでも夜中。





「ばか明香」




「何よ」




「寝ろ」





大和は優しく手を引いて、


自分の隣に私を入り込ませる。


自分が奥側に詰め、


私が落ちないように腕枕。






< 45 / 325 >

この作品をシェア

pagetop