そこには、君が






「どこ…行くの、」




「どこも行かないよ?」





私が帰るのかと焦ったのかな。


勝手にそう考えたら、


ふと彼のことが愛しくなった。





「ここにいて」




「えっ…?」




風邪を引いて、


体がしんどいはずなのに。


私を追いかけてきてくれた。


眠っているはずなのに。


私を探してくれた。






「何なのもう」






私の戸惑いに返事は無く、


どこも行かないことを知って


安心したのか、再び寝入った。


繋がれた手を静かにほどき、


私は乾いたタオルを濡らして


額に乗せ。


そして私は、彼の手を握り。


ベッドの横に腰を下ろすことに。


徹平さんの寝息を聞きながら、


目を閉じて。


暗闇にぼんやりと浮かんだのは、


温かいココアを飲みながら、


愛しい音を聞いている自分だった。


ボールが跳ねる心地いい音や、


サックスの音色の音を聞いている、


あの感覚が。


今この部屋にあった。


徹平さんの寝息を聞いているこの空間が、


私を心地よくさせてくれた。






「…ん、」






意識が戻った時には、


カーテンの向こうに


うっすらとも光はなく。


数時間、ベッドにもたれながら


眠っていたことに気付いた。





「熱、測んないと」





体温計を彼の脇に


そっと入れ込むと、


冷たかったのか少し体が


びくんと動いた。


数秒後に電子音が鳴り、


表示された数字は38度2分。


うん、これは高熱。


間違いなく私のせい。





「明香ちゃん…」




「目、覚めました?」




少し体を起こす彼を、


支えるように背に手を回す。


少し咳をする徹平さんは、


きっと顔を赤らめている。





「あ、」




そうだ。


忘れてた。


私がここに何をしに来たか。






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