そこには、君が





「台所借りていいですか?」




私は無言で立ち上がり、


自分で持って来たマイセットと


家にあった余り物で、


徹平さんにご飯を作る。


せめて何かしてあげられたら。


罪滅ぼし、とは言わないけど。





「ごめん、気遣わせて」





徹平さんは、


申し訳なさそうな顔をして、


リビングへ出て来た。





「ココアからかな」




私は慣れた手つきで、


目分量の粉をマグカップに注ぐ。


いつも飲むのは、


あの真っ暗な部屋の中。


目を閉じれば、


私の大好きなあの音が聴こえる。






「どうぞ」





いつぞやの約束を、


果たすかのように差し出す。


私の味を、徹平さんへ。





「自慢のココアね」




「風邪、治りますよ」





口に含んで、


徹平さんは笑った。





「美味しいです」





控えめな彼の褒め言葉を、


私1人で受け止めきれない。


何だろう、なんか。


嬉しすぎた。





「よかった」






私はほっと胸をなでおろすと、


再び台所に戻り、ご飯を作ることに。


風邪引きさんには、


消化のいいものが必須。





「よかったら食べてください」




あったかい湯気に、


匂いが込められている。


いつも風邪を引くと、


お母さんが作ってくれた。





「お、うどん」




「自信はありませんけど」





味に工夫はない。


ただ具材に入れた卵をふわふわに。


ほんとにそれだけ。


なのに徹平さんは。


これまだ食べた中で、


1番美味しいと言った。






「料理人になれる」




「そんなわけないでしょ」




「いや、まじで。美味いから」






熱でしんどいはずなのに、


徹平さんは私に笑いかけてくれる。


ここにいると、時間がすぐに経って。


気づけばもう夕方だ。





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