光のワタシと影の私

憂鬱と恍惚

 高校に行く必要の無い土日は私にとって最高の時間となった。
 それは、一日中でも時間に関係無くインターネットにのめり込んでいくことが出来るから。
 家族は私のやることには基本的に無関心だ。だから、私が何時に寝て、何時に起きているかなんてことは知らないだろう。両親ともに共働き、土日も仕事で忙しいらしいからきっと私のために用意してくれているであろう食事もすっかり冷めてしまっているに違いない。
 「さて、と。ブログは更新されてるかな~?」
 休日になり、真っ先にやることといえばすっかりファンとなってしまった『REI』のブログをチェックすることだ。プロフィールを見ていくとどうやら彼女も現役の高校生らしいが、事務所のプロフィール以外で彼女の素顔といったものを見たことは今のところ無い。CDのジャケットなどに自分の顔、写真を掲載する歌手やアイドルグループは多く見てきているものの『REI』は自分の顔を見られたくない理由でもあるのだろうか?彼女の歌声を一回でも聴いたことのある人であればどんな顔をしているのか知りたくなるものだろう。
 そもそも『REI』が公に売れるようになってきたのは某動画サイトが関わっている。動画サイトで歌声を披露してから注目されるようになり、今や巷では有名な歌手の一人になってしまった。ただ、歌番組などにはまったく出演しないことで一時期は『REI』は本当に存在している人間なのか?!といったオカルト的な意味合いで盛り上がったこともあったけれど、ブログも頻繁に更新されていることから実在している女子高校生の歌手であることが分かった。
 私もインターネット上で知り合った友人に『REI』の歌声を勧められたときには本当に澄んだ歌声で本当に実在している人間なのかどうか怪しんだこともあったけれど…。
 今は平日であればとっくに授業が始まっている時間帯。
 昨日遅い時間帯までチャットに夢中になってしまっていたこともあってすっかり起きるのが遅くなってしまったけれど、ちょうど『REI』のブログも数時間前ほどに更新されたらしくブログを覗いたタイミングとしてはバッチリだったようだ。
 「今日は新しいCDのレコーディングかー…やっぱり歌手ともなると土日も何も無くなっちゃうんだなぁ…。そう考えると学生との両立って大変なのかも…」
 今やすっかり売れっ子の一人となってしまっている『REI』という存在はインターネット上では頻繁にその名前を聞かれるようになってきている。ひとたび、新たなCDを売り出す予定があると分かればすぐに予約をするという人も多いし、CDだけでなくPVのDVDなどを求める声も挙がってきているものの『REI』に関してのPVグッズといったものは今のところ見かける様子は無い。
 やっぱり謎が多い歌手なんだなぁ、などと考えていると不意に携帯の着信音が室内に響いた。
 あまり友達らしい友達がいない私の携帯のアドレスに登録されているのは本当に身内ぐらいなものだけなのでこの時間帯に連絡してくるということは、恐らく姉らしい。
 誰からの連絡かとチェックするまでもなく電話相手が分かると少々怠い声色で通話に応じた。
 「もしもし、お姉ちゃん~?珍しいじゃん、どうしたの?こんな時間に?」
 『あ、麗華?!ちょっと聞いてよ~。実はウチの事務所にいるREIが突然風邪引いちゃって今日のレコーディングに来れなくなっちゃったのよ~っ!なかなか予約取れないスタジオだから今更キャンセルなんてもったいないし…だから、どうせアンタ暇でしょ?だったらちょっとカラオケするぐらいのつもりでコッチに遊びに来てみなさいよ。あ、今もう家に向かってるからちゃんと身支度ぐらいは整えておいてね?それじゃ、また後で』
 「え、ちょ…お姉ちゃ…」
 文句を言う前に勝手に切られてしまった通話に実に姉らしいと思った。
 自分とは違い、言いたいことはしっかりと言葉にして表してくれる、ちょっと男勝りだと思っていたところもあったけれどそれも姉の良さだと理解出来るようになるとどうして私はこんなに消極的な性格に育ってしまったんだろうと親を憎らしく思うこともあった。
 「!いけない、時間!」
 確か、もう姉は家に向かっていると言っていた。
 私は起きて大分経つというのに未だにパジャマ姿のままパソコンに向かっていた。基本的に休日といっても特に出掛ける予定が無ければ一日中パジャマ姿でいても平気な私だから身支度を済ませておけと言われてもどんな服装をすれば良いのか分からない。
 「ど、どうしよう…」
 平日は、高校指定の制服を着込めば良いだけなので特に服装に困るようなことは無かった。
 服が詰め込まれている箪笥を漁っていくと茶系にレースが所々付いたワンピースを取り出して着替えていけば少しばかりヒールの付いたパンプスを履いて家の前で姉がやって来るのを待った。
 ちなみに化粧の類はまったくやり方が分からないので完全にすっぴんだ。
 そもそも高校生になりたてのうちから分厚い化粧をするほうが健康的には悪いと思ってしまうのは私だけだろうか…?せっかく高校生というピチピチの肌があるというのに化粧を塗りたくってしまったら勿体無いとも思う。
 と、考えていると一台の車が自宅の近くで止まった。
 案の定、窓を開けて姉が声を掛けてきた。珍しく私服らしい私服姿をしている私を見て驚いていると思っていたが満足そうに笑みを浮かべると車のドアを開けて招いてくれた。
 車内に乗り込むと姉は運転手に一言二言説明をしてから車を走らせていった。
 「…お姉ちゃん…?さっきの電話、なに?勝手過ぎるよ」
 「うふふ、良いじゃない。どうせ学校も休みだからってだらけた生活してたんでしょ?」
 姉は時折とんでもない行動に突っ走ることがあるからそれには困ったものがある。美人だし、仕事も出来ると聞いているからちょっと積極的過ぎる性格さえ少し見直してくれれば既に結婚していてもおかしくはないだろう。
 「…それで?…スタジオで、私に何をさせるつもりなの?」
 「ふっふっふー。アンタ、REIのファンなんでしょ?姉妹の特権で会わせてあ・げ・る!」
 「え、REIって…あの『REI』?!え、だって風邪で来られないってさっき言ってたんじゃ…?」
 「あんなの嘘に決まってるでしょ?第一歌うことが仕事の歌手にそうそう風邪なんかかかるような身体作りなんてさせてないんだから。REIは今日も絶好調よ。アンタ最近元気無いってお母さんから聞いてたし…ちょっとした息抜きにもなるんじゃない?REIもアンタも高校生なんだからきっと友達になれちゃうかもしれないわよ?」
 『REI』と友達に…。
 そんなこと夢には思ってみたことは何度もあったけれど、地味な私と…学校では虐められっ子の私と『REI』が友達に…ううん、それよりも売れっ子の『REI』に私なんかが会っちゃっても良いんだろうか?
 「REIは仕事が早いからいつも時間が空いちゃうのよ。今日もレコーディングっていう予定が入ってるけど、REIのことだからすぐに終わらせちゃうはずだから後は自由時間ってことにしてあるわ。そこでアンタたち仲良くなってみたら?」
 「…でも、私…地味、だし…」
 「お馬鹿。アンタはアンタでしょ?他と比べる必要なんか無いっていつも言ってるでしょ?地味でも、アンタには良いところがいっぱいあるんだからそれを高めていきなさい!ほら、ここがREIがレコーディングをしているスタジオよ」
 姉と話しているとあっという間にスタジオがある建物の前に車が停まった。外見だけではスタジオがある建物だなんて思えないけれどしっかりと防音設備を整えているらしく他の建物とそう変わらない造りっぽい。
 「取り敢えずREIは今、スタジオ入りしてるからアンタは廊下の…椅子にでも座って待っててくれる?」
 姉は『REI』のレコーディングの様子を見守るべく防音設備の整っているスタジオの中に入って行った。私は大人しくスタジオの廊下に置かれている長椅子に腰掛けると時折聞こえてくる大人たちの声に聞き耳を立てながらドキドキと速まる鼓動に無意識のうちに胸元を押さえていた。
 まさかこんなことになるとは私自身も思えなかった。
 だって、憧れている『REI』に会える日が来るなんて思えなかったから。
 だけど、『REI』との出会いによってますます私の生活が変わっていくことになったのだ。
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