光のワタシと影の私

イベントの盛り上がり

 私の前を歩くREIの足取りはとても堂々としているものだった。
 さすがにファン慣れ、イベント慣れをしているのが私でも分かるほどのものだからきっとREIは緊張すると言っていたけれどいざその場に立ったら勢いに任せて突っ走っていってしまう感じなのだろう。
 私はステージの裏にまだ控えている。
 REI自らが私のことを新メンバーとして呼んでくれるまでステージ裏に控えることになっていたからだ。それでもステージ裏にいるだけでもイベントがとても盛り上がっているのは聞こえてきていた。
 CDは次から次へと発売、ライブハウスもたびたびおこなっていきたREIだったけれどここまで大規模なイベントをするのはREIとしてもファンとしても初めてのことだったようなのでその熱は暫く止みそうにないだろう。
 「みんなー!お待たせ!今日はお待ちかねの、新メンバーを紹介するよー!」
 REIがステージ裏に向かって手招きの仕草をすると同時に同じくステージ裏に控えていたスタッフさんにも小さな声で「頑張ってね」と声を掛けられてから私はREIの待つステージに歩いて行った。
 本日は快晴。
 屋外でおこなうイベントとしては絶好のイベント日和といったところだろう。
 公の事務所のプロフィール写真を見ない人、先日の記者会見をきちんと目を凝らしてみていないと私の姿はそれほど公には広まっていないはずだからきちんと私のことを受け入れてくれるかどうかがとても心配だった。
 一瞬だった。
 私がREIの隣りにまで歩いて行くと一瞬静かになったために本当に場違いなところに来てしまったんだとネガティブ思考が働いたもののその数秒後には、多くのファン(主に男性のファンらしい)たちは歓声を上げて私の存在を受け入れてくれた。
 もっと私の存在を否定される覚悟を持っていたためにこればかりには驚きものだ。
 「この子がワタシとユニットを組んでくれる子…麗華だよ!みんな、よろしくしてあげてね?あ、でももちろんワタシのことも応援するように!」
 ツンツンと軽く指先でREIが私の肩を突っついてくると軽くて良いから自己紹介をするように促されてしまった。
 きっとこの会場に集まったファンの人たちは私がどんな子なのか、どんな話し方をするのか気になっていることだろう。
 「初めまして!麗華っていいます!REIに迷惑を掛けないように頑張っていくのでどうか応援よろしくお願いします!」
 「可愛いー!」
 「お人形さんみたい!」
 「オレ、すぐにファン登録しよーっと!」
 衣装が崩れてしまうのが怖くて深々とお辞儀をすることは出来なかったけれど、誠心誠意を込めて頭を下げながら少しばかりマイクを持つ手を震わせつつ本当に簡単な挨拶をこなした。
 「さぁ、自己紹介も一応済んだし!今日は、新曲のお披露目をしちゃうよー!」
 REIの覇気のある声に合わせるように一気に会場中が熱気に包まれているように見えた。
 「残念ながら、今日は一曲だけのお披露目だけどこの後には握手会もあるからすぐに帰らないでねー!」
 ちらっと私に視線を向けたREIが小さく首を縦に動かすと新曲のメロディーがステージ上に流れ始めていった。
 本当に、この音源をREIが持ち歩いていて良かったと思う。
 REIは熱気溢れる歌い方で自分を担当している歌詞の部分を歌い終えるとファンに向かって片手を上げて振るという余裕を見せながら次は麗華の番ね、とばかりに私にウィンクをして見せてきた。
 よーし!
 とにかく、私は慣れていないんだから無理をすることはない!
 当たって砕けちゃだめだけれど、とにかく精一杯私に出来ることをやるだけだ!
 気合は充分入れた。
 そして私が担当するソロパートを歌い始めていくとREIとは少し異なり、熱さもありつつもどこか儚げな印象を与えてしまったのか会場の中、目に止まったファンたちの間に涙を流している人の姿を見付けてしまった。
 …私が音痴過ぎて、呆れてしまったのかもしれない…。
 そして二人が合わせたデュエットパートを歌い終えるといつまでも止むことのないファンたちの拍手がいつまでも続くことになった。
 本当は、アイドルなどであればファンの声援に応えてアンコールの一曲でも披露するのかもしれないが残念ながら音源が今この場には一曲しか存在していないためにファンには悪い気はしたもののこれからは私たちとの握手会へと移行することになった。
 「良く、頑張ったね麗華!」
 「な、なんか…泣いてる人見えたんだけど…音程外しまくってたのかなぁ?」
 「え、逆逆!!麗華の歌声には胸を熱くさせるものがあるって言ったでしょ?きっと感動させるものがあって感激したファンもいたんじゃないかな?」
 REIの歌声に感激したというなら分かる。
 私もそのうちの一人だったから。
 だけれど、私の歌声ごときに感激するなんて…きっと気のせいだよ、うん…。
 「さぁさ、二人とも!握手会を始めるわよ!一応、危険物の持ち込みが無いか手荷物の確認をおこなったファンから握手を出来るようにしてあるから安心してね?」
 そうだ。
 過去、とあるアイドルの握手会のなかで爆発物が持ち込まれたり、刃物を持ち込んだとされたニュースを取り上げられていたことがあった。
 きっと今回のイベントもそれを気をつけて手荷物をきちんとチェックするようになったらしい。
 「わかりました。ん、じゃあ行こっか麗華!」
 「うん!」
 一体どれほどの人数と握手をしなければならないんだろう…?
 イベント会場に来ていた人数はざっと数えてみただけで100人前後はいたはずだ。
 途中でイベントから抜け出た人はいるだろうけれど、相当な数の人と握手をしなければならないのは必須で、人前で歌うことよりも多くの人と握手を交わしていくことのほうが疲れてしまいそうな気がした。
 「!こ、こんなに?!」
 「予想はしていたけど…予想以上だね…」
 REIは男女問わずファンが大勢いるものの、やはり全体の6割は男性が多いようだ。
 握手会場に移動すると大行列をつくっているファンに思わず苦笑いを浮かべることしかできなかった。
 「それじゃあ、二人ともここに並んで…。数秒ぐらいの会話なら大丈夫だけどしつこいようなら即別れるように。渡されたプレゼントはきちんと検知するから背後に置いておいてくれる?」
 スタッフさんの気遣いに聞く耳を立てながらファンと握手を交わしていく場所に二人並んで立つことになった。
 そして、握手会の始まりだ。
 REIにはもちろんのこと、私にも笑顔を向けて握手を交わしてくれるファンの人たちを見送っていくととても心が和らいでいくような気がした。
 REIは丁寧にお礼を言いながらもまた楽しみにしていてね、とちゃっかり営業をしている。
 少しはREIを見習ったほうが良いだろうか?でも、私は口下手だし…初めての握手会だし「ありがとうございます」といったお決まりの挨拶をメインにしながら握手を交わしていった。
 そんな作業を何十分…何時間掛けておこなっていただろう…。
 やっと最後のファンと握手を交わしたときには心身ともに疲労が出てしまってその場に椅子があったら座り込みたい気分になった。
 「お疲れ様、麗華。大変だったね~。初めてのイベント」
 「うん…もう、大変も大変。…やっぱREIは凄いよー…」
 私が褒め称える言葉にやんわりと首を左右に動かしてから苦笑いを浮かべると「さぁ、着替えに行こっか」と先に背を向けて衣装から普段着に着替えるために楽屋に向かって行った。
 どこかREIの様子に違和感のようなものがあった気がしたが、私の気のせいだっただろうか…?
 イベントが上手くいかなかった?
 それとも私がやはり足を引っ張ってしまっただろうか?
 これからはお互い自由になれる時間を確保することが出来るし、思い切って何かあったのか聞いてみることにしてみよう。
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