光のワタシと影の私

Wrath~憤怒~

 家の中はがらんとしていて、REIの両親は今の時間帯だとまだ仕事らしい。共働きの両親のもとに産まれたREIも大変そうだ。
 ただ、室内に異変を感じたのは物静かだということではなかった。
 「これは…譜面…?」
 何枚もの譜面がバラバラに切られてフローリングの床一面に散らばっていたことに驚くことしか出来なかった。
 「…気に、入らなくて…こんな曲じゃ…せっかく麗華と歌えるようになったのにこんな曲じゃ売れないよ!」
 先ほどまでは静かだったREIからは一変して、憤りさえ感じさせる雰囲気を纏ったREIはフローリングに散らばった譜面も尚も小さくちぎってはゴミ箱に捨てていった。
 「…もしかして、イベントの後から…ずっとこんな調子だったの?」
 「そうよ。…次から次からって…ファンの人たちに応えるために急いで曲を作っても良い作詞も曲も仕上がらなくてこのザマ!」
 一体、何枚もの譜面を無駄にしていたんだろう。
 この様子では、一枚や二枚程度ではないはずだ。
 「そのこと、お姉ちゃんは…事務所の社長は…?」
 「言えるわけないじゃない!そんなこと言ったらワタシ、アイドルからクビにされちゃう!せっかくアイドルになれたのに!公で歌える場所を手に入れたのに、このままじゃいらない存在になっちゃう!」
 「REI…。REIは、いらない存在になんかならないよ!少なくとも私にはとっても必要なパートナーなんだから」
 リビングに置かれていたゴミ箱にはREIが破り捨てた譜面でいっぱいいっぱいになってしまった。
 きっと家族は知っていたのかもしれないが、REIにも音楽活動をしていくうえでストレスを感じているのだろうと自分たちで勝手に解釈しては問い詰めるようなことはしてこなかったんだろう。
 私がしているようにもっと早くに家族が声を掛けてあげればこんな事態にまで発展していくようなことは無かったのかもしれない。
 ただ、昔のことをどう文句を付けても仕方のないことだ。
 まず必要なことは今、このときから未来をどうやって過ごしていくか、だ。
 「…REI…だったら、さ…。REIの気が済むまで暫くの間は音楽活動をお休みしてみたら?もちろんREIの気持ちが安定してきたら少しずつ再開していくって形で」
 「アイドルは!一度でも休止したら周りから飽きられて認められなくなっちゃう!だから必死で…」
 「そんなことないよ。この間の握手会だって応援してるって言ってくれる人がたくさんいたでしょ?今、無理をしてまで新曲を出してもREIが疲れちゃうだけ、きっと良い曲なんて作れないと思うよ」
 そう、何事でも無理をしておこなうことは良くない。
 だったらいっそのこと小休憩を挟んで心を落ち着かせてから改めて新曲作りに臨んでいけば良い曲が出来そうな気がする。
 「でも…っ、でも!ワタシは…忘れられるのが怖い!」
 今日一番のなかでも特に大きな声がリビングに響き渡っていった。
 これはREIの必死の気持ちのあらわれなんだと思う。
 「…私も、毎日学校に行くのが今でも怖いよ。一体、どんな虐め・悪戯がされているのか分からなかったから…それでも耐えられるのはREIと一緒に歌うことが出来るからだよ?」
 「ワタシと…?」
 「こういう言い方はちょっと恥ずかしいかもしれないけれど、REIは私にとって明るくて太陽みたいな存在なんだよ。ずっと日陰ばかりで過ごしていた私にREIは光りを届けてくれた」
 ぽんっと私は自分の胸元に拳を押し当てると満面の笑みを向けて告げた。
 「太陽だなんて…それ、評価し過ぎでしょ?」
 よう言いながらもようやくREIの顔に笑みが浮かんでくる。
 良かった、まだ笑える余裕がREIにはあるんだ。
 本当に心のどん底まで沈んでしまった人というのは笑みを作ることも出来なくなってしまうと聞くし、REIはそこまではなんとか落ち込んでいなかった。ただ単に今まで忙しなく曲作りをおこなっていたからたまにはお休みをしなくちゃいけないんだと思えた。
 「だからさ、ちょっとぐらい休もうよ!それから後のことを考えていっても良いでしょ?」
 「…そう、だね…。あ~ぁ、まさかそんなことを麗華に指摘されるとは思わなかったなぁ~」
 「う、そんなに意外だった?」
 「だって、鳴宮さんならともかく、麗華に言われるとまるでワタシが子どもみたいなんだもん」
 同世代に言われたことが悔しかったのか、気恥ずかしかったのか少しばかり目元を赤らめながら気分を紛らわすために紅茶を入れて持ってきてくれた。
 なぜだろう…。
 REIのモヤモヤとした気持ちを理解し、共有することが出来たからだろうか…。
 REIの入れてくれた紅茶はとても美味しく、今まで飲んできた紅茶のなかでも一番!と言えるぐらいの味や香りが体中に染み渡るような気がした。
 取り敢えず、REIには休養を。
 私は、REIがいつ戻って来ても良いように個人的にボイストレーニングを続けてみようと思う。
 インターネットの情報というものは怖い。
 暫くREIが曲を作っていないということで、早くもユニット解散か?!といったデマが流れ込んでくることもあった。もちろん私たちがユニットを解散するようなことはない。それでもネット上ではあることないことを過剰に反応してくるのであまり気持ちが良いものではないのだ。
 「…ねぇ、麗華。社長や鳴宮さんからはワタシが連絡しておくよ。…うん、大丈夫。ちゃんと話せるから」
 この状態のREIに説明させて大丈夫なのだろうか?
 そればかりが心配で、REIの事情を知る私が説明したほうが良いのかもしれないけれどREIの目には覚悟のようなものがキラリと光っているのが見えたのでREIに任せることにした。
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