櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ

神の器









舞闘会開催にともない、闘技場のすぐ側に設けられた簡易病棟。


そのベットの上にて、岩の国ロックハートの【剛腕】こと、ロッシュ・モーリスは勢いよく目を覚ました。



「んはっ!!!!ここは!?!?」


「…病室ですよ、ロッシュさん」



傍らで様子を伺っていたネロがそんな彼に優しく声を掛ける。


心配そうな、不安そうな暗い表情のネロを見て、ロッシュは瞬時に状況を理解した。


そして悟る。



「そうか…儂は、ネロ殿に負けたのだな。魔法使いでは、なくなったのだな……」


「……ッ」



ネロは言葉も出せない。
ただ、目を伏せるだけだ。


立派な一人の騎士の騎士生命を断ってしまった、他でもない自分が。


後悔はしていない。


それを望まれ、自分は全力で返しただけ。


それでも、心は痛む。


『常闇の魔力』は拒絶の力を持つためか、一度ネロの手を離れ攻撃に転じた魔力は、ネロ本人でさえコントロールが出来ない。


他の魔力での力の相殺も出来ない。


つまり、一度使った魔法を解くことは不可能だと言うこと。


「…ッ…すみません」


それなのに、必死に縛り出した言葉はそんな誰もが口に出せる安い言葉だった。


しかし、当のロッシュはネロとは真逆の、どこか晴れやかな、穏やかな表情で笑いとばす。




「何を謝るネロ殿!!貴君は謝らなければならんことなど何一つしてはいないではないか!儂が望み、叶えてもらった戦いだ!ネロ殿が気に病むことではない!!!
それに、儂は今、ホッとしているのだ」




これでもう、戦わなくて済むのだと。

自由に生きていいのだと。



ロッシュのその言葉にネロは目を見開く。



「儂は、今年で齢六十五になる。十五の頃から騎士道に入ったゆえ、丁度五十年戦いに身を置いていたことになる」


「そんなに…!」


「ワハハッ!!驚くのも無理ない!ロックハート王国は人口が少なく、騎士になる者も少なかった。老兵と言えど戦力と成り得る人材はなかなか手放せなんだろう。それは理解している。
だが、もう儂も、体にガタが来ておる。今の若い者らと対等に戦い国を守りきる自信が無くなってきていたのだ」


だが、年老いた兵であってもロックハートを代表する騎士。


彼なくしてロックハート王国の特殊部隊は成り立たないだろう人物、それがロッシュ・モーリスだ。


誰も彼の引退など受け入れなかっただろうし、彼自身も言い出せる状況でもなかっただろう。



「儂は…ずっと誰かに引導を渡して欲しかったのだ。だがこれまでそれは叶わなんだ。しかし!!今日ネロ殿と戦えることが分かった、貴君ならばそれを叶えてくれると信じておった!
勿論、手など抜いておらぬ!全力で立ち向かい、貴君もまた全力で応えてくれた。その結果が、わしの望んでいたものになった。これ程嬉しいことは無い」


ネロ殿、礼を言う。


「これで、儂は心置き無くこの道を去れる。自由になれる。ありがとう」




満面の笑みでロッシュは言う。


ネロはその言葉を、呆然と聞いていた。


頬を熱を持った何かが伝っていく。


ギョッとするロッシュを他所に、ネロは静かにそれを流し続けた。






この力で沢山の騎士達の夢を、将来を壊してきた。


恐怖されても、感謝される事など一度たりとなかった。


だからだろう。


不思議だった。


ロッシュの言葉があまりにまっすぐに、心に溶けていって。


ネロの苦しさを弾け飛ばすように、震わせた。




涙を流すネロの頭を撫でながら、ロッシュは優しく声を掛ける。


「人々が、ほかの騎士が、貴君を『最弱の騎士』と呼んでいるが儂はそうは思わぬ。貴君はこんなにも優しい。優しさは弱さではない、美徳だ。万人を愛せると言う美しき心を持つ証拠だ。守るために戦う騎士にとってこれ以上の強さは無い」


生き方を変える必要などない。


「ネロ殿の『優しさ』は誇るべき『強さ』なのだよ。五十年闘ってきた儂が言うのだ、間違いない!」



ロッシュの力強い言葉に、ネロは俯き声を殺して泣いた。


なんて美しい涙だろうか、と


老兵は若き騎士を、精一杯の優しさで包み込む。





のちに

ロックハート王国は再び窮地に陥いる

一度は騎士の道を離れた老兵と、彼の道を閉ざした【破壊卿】が集い、優れた軍略と戦技で国を救うことになるのは、また別の話。



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