櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
◆
アイゼンは歩く。
大広間を抜け、曲がりくねった回廊を渡り、王宮の外へと。
酒の入ったボトルを片手に、ぶらりぶらりと夜空を眺めて。
辿り着いたのは誰も知らないアイゼンの家
小さなその家の地下室。
厳重な結界と封印術が施された扉の奥へと足を進める。
そして、部屋の真ん中に位置するソファにどさりと腰を下ろした。
ボトルごと酒をあおる。
「っぷは、ああうめえな。今日の酒は一段とうめえ」
アイゼンが見上げる先には何もない部屋が広がっていた。
本当に何もないのだ。あるのはアイゼンが今、腰かけている一人がけのソファのみ。
金属の壁が、より無機質な空間をかたち作っていた。
アイゼンはもう一度喉を鳴らして酒を飲むと、首元の赤い石に手を伸ばす。
銀のネックレスの先に付けられたその石は、代々錬金術師の当主に受け継がれる代物。
その名は『賢者の石』
この石の存在こそが、錬金術師の根幹。
貴金属を作り出し、術師の思うがまま操る力の源。
あげく『命』までも造り出す。
『命』を生み出す魔術こそ錬金術師の一族の中で禁術とされているが、この石を身に付けている者はそれだけで人より長く生きられるとさえ言われているのだ。
だからこそ、そんな錬金術師一族は長きに渡り一つの使命が課せられていた。
フェルダンの特殊部隊
その代が何度変わろうとけして変わらずに居続ける錬金術師の一族
彼らのもう一つの名は
記(しる)す者 -ブック・マン-
そう、彼らは国の歴史を綴る者。
けして口出しすることはない。
ただ真実を綴り、記し続けるだけの役目。
それを彼らはフェルダンと言う王国が誕生した当初から続けてきた。
そして何もないこの場所こそ、記し続けた歴史が刻まれた場所。
アイゼンは手にした石に力を籠める。
するとそれは手の中で赤く光り出した。
次の瞬間
部屋が動き始める
金属の壁は姿を変え、巨大な鉄の塊がアイゼンを取り囲むように円を描き始めた。
アイゼンは立ち上がり、自分を取り囲むその大きな鉄の塊の前に立つ。
「止まれ」
その一言で、動き続けていたそれはたちどころに停止した。