パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

◇◇◇

仕事を終えて家へ帰ると、いつも私よりも遅く帰るあっくんが、缶ビール片手にキッチンに立っていた。


「あっくん、今日は早いんだね」

「まあね」


漂ってくるいい匂い。
鼻をクンクンさせてみる。


「何か作ってるの?」

「カレー」


そうだった。
今夜はふたりとも温泉へ出掛けてるんだ。
夕べ、お母さんが言っていたことを思い出した。

両親がいない時にはいつも作ってくれた、昔からのあっくんの定番だ。


「またカレーなの?」


冗談交じりに告げると、あっくんは明らかにムッとした表情を浮かべた。
言い過ぎたかなと思ったのは、ほんの一瞬。


「そんなことを言うヤツには食わせないぞ」


味見する手を止めて、あっくんが私を睨む。
そこに本当の怒りが込められているわけではないことに気づいて、つい調子に乗る。

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