彼は誰時のブルース




「気が弱い…というより、隠してるだけでしょう」


 七海は机を直しながら少し笑った。


「そのもたついた喋り方だってさ。いつまで続けんの」

 七海の声に、刺すような痛みを胸に感じた。貼りつけた笑顔が少しずつ崩されていく気がした。

 自分の席に戻る七海の後ろ姿をぼんやりと見送る。


(…どう思われようと、私は)


 自分を作っているわけじゃない。

 ちょっと、周りに疎い方が。鈍感でいた方が。円満に人間関係を作れたのだ。

 それの、何が悪い。

 少し乱暴に自分の席に座った。どうしようもない気持ちの高揚を鎮めようと、ひたすら机の木目を眺めていた。


 授業が始まっても、私の腹の中は黒く塗りつぶされていた。授業を聞く気分になれない。右の壁に貼られた掲示物の方を向き、目を閉じていた。


 宇野にしても、七海にしても。

 何故、人を推し量った物言いができるのか。人の表情でも見て、勝手に想像して。

 あんた達に、私の何がわかるっていうのだ。



 放課後まで誰とも口を聞かず、ホームルームが終わると、逃げるように帰路についた。

 でもなんとなく、家に帰りたくなくて、最寄駅の近くにあるファストフード店に入る。

 気乗りしない勉強をしながら、ふと前を見ると、母校の制服を着た女子中学生が座っているのが見えた。すぐ近くに寄ってきた男子学生が彼女の肩を叩き、隣に並んで座る。

 初々しいカップルを見て、鼻で笑う自分に気づいた。

 彼らを笑ったつもりはない。呆れたのだ、自分との差に。

 今まで誰かと、あんな風に清らかに笑い合う間柄になれたことが、あっただろうか。


 答えは見えている。

 そうだ。一度もない。私は、上辺だけの人間関係しか築けていない。


 だって出来れば他人と揉めたくない。その結果が吹けば飛ぶような関係でも、享受しようと思っていた。するべきだったのに。

 うわべだけの関係。

 それはそれで、幸せなことだったのに。




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