彼は誰時のブルース



 私たち家族はそれ以来、なんとなくヒビが入った。

 父と母は喧嘩が増えた。母は時々実家に帰るようになった。最近は特に頻繁で、夕食を自分で作るようになった。

 私は、ママ、パパと呼ぶのも二つ結びも、活発な物言いもやめた。


 子ども会では出来る限り目立たず大人しく過ごした。行きたくなかったけれど、母の為だと割り切って耐えた。

 奥様は、初日の私の行動が気に食わなかっただけだろう、それ以降私に接する態度は団地の他の子供達と変わらなかった。

 奥様会でも、とくに母に当たることはないみたいだ。


 団地の友達とは変わらず仲良く遊んだけれど、ヒロくんーー宇野泰斗とは、ほぼ口をきかなかった。

 もちろん同じ学区内なので小中同じ校舎に通ったが、宇野とは小学6年間、中学3年間、同じクラスになることはなかった。

 学年が上がるにつれて、そもそも宇野のために開かれた子ども会に、彼は顔を出さなくなった。

 その子ども会は、私が小学3年生の年、宇野の兄が大学受験を控えた事情から、ぴったりと無くなった。


 そんな社宅生活も、18年目になった。


 相変わらず母さんは奥様会には欠かさず出席するし、父さんからまったく昇進の話は無い。

 私は、電車で1時間の高校に通って、変わり映えのない日々を過ごしている。

 団地で変わったことといえば、1年に何組かの家族が入れ替えで引越しをするくらい。

 だが、我が田之倉家が引っ越す話が出たことは1ミリもない。


「鼻が赤いなぁ…」

 目下私の今の悩みは、鼻が赤いことだ。
花粉のシーズンが終わって、梅雨が始まろうとしている時期になっても、私の鼻は赤いまま。


「つむぎ、遅刻するよ」

「分かってる」


 カバンを持って、玄関でローファーを履いていると、母がいってらっしゃい、と手を振った。頷いてドアを開ける。

 厚い雲の隙間から太陽の光が、垣間見えた。雨が降らないことを願いながら背を向けてドアの鍵を閉めた。



 階段を降りて、エレベーターの前を丁度差し掛かった時、ドアが開いた。

< 5 / 50 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop