彼は誰時のブルース
私たち家族はそれ以来、なんとなくヒビが入った。
父と母は喧嘩が増えた。母は時々実家に帰るようになった。最近は特に頻繁で、夕食を自分で作るようになった。
私は、ママ、パパと呼ぶのも二つ結びも、活発な物言いもやめた。
子ども会では出来る限り目立たず大人しく過ごした。行きたくなかったけれど、母の為だと割り切って耐えた。
奥様は、初日の私の行動が気に食わなかっただけだろう、それ以降私に接する態度は団地の他の子供達と変わらなかった。
奥様会でも、とくに母に当たることはないみたいだ。
団地の友達とは変わらず仲良く遊んだけれど、ヒロくんーー宇野泰斗とは、ほぼ口をきかなかった。
もちろん同じ学区内なので小中同じ校舎に通ったが、宇野とは小学6年間、中学3年間、同じクラスになることはなかった。
学年が上がるにつれて、そもそも宇野のために開かれた子ども会に、彼は顔を出さなくなった。
その子ども会は、私が小学3年生の年、宇野の兄が大学受験を控えた事情から、ぴったりと無くなった。
そんな社宅生活も、18年目になった。
相変わらず母さんは奥様会には欠かさず出席するし、父さんからまったく昇進の話は無い。
私は、電車で1時間の高校に通って、変わり映えのない日々を過ごしている。
団地で変わったことといえば、1年に何組かの家族が入れ替えで引越しをするくらい。
だが、我が田之倉家が引っ越す話が出たことは1ミリもない。
「鼻が赤いなぁ…」
目下私の今の悩みは、鼻が赤いことだ。
花粉のシーズンが終わって、梅雨が始まろうとしている時期になっても、私の鼻は赤いまま。
「つむぎ、遅刻するよ」
「分かってる」
カバンを持って、玄関でローファーを履いていると、母がいってらっしゃい、と手を振った。頷いてドアを開ける。
厚い雲の隙間から太陽の光が、垣間見えた。雨が降らないことを願いながら背を向けてドアの鍵を閉めた。
階段を降りて、エレベーターの前を丁度差し掛かった時、ドアが開いた。