恋風吹く春、朔月に眠る君
「そういえば、名前はなんて言うの? 私は」
名乗ろうとしたところ、彼女は被せるように『双葉さん、ですよね』とにっこり笑った。
「なんで、私の名前知って......」
「周りの人がそう呼んでいたので」
周りの人って言うのは、部活の友達とかのことだろう。本当に何でもお見通しだな。
「そう、あってるよ。奥空双葉(オクソラフタバ)。よろしくね」
「ええ、とても宜しくしたいところなのですが、生憎私は名乗る名前がありません」
キッパリと言い切った彼女は、驚く私とは裏腹に先程の笑みを崩さないでいた。
「名乗る名前がないって......?」
「言葉の通りですよ。名前はありません。随分と名乗る機会もありませんでしたから、必要もありませんでしたし、生前の名前は覚えていません」
私はもしかしてまずいことを言ってしまったんじゃないだろうか? 冷や汗が流れそうになっているところ、彼女は『別に気にすることはありませんよ』と言った。
「名前がないと不便だと言うのでしたら、勝手に呼び名を作っていただいても構いません。勿論、センスのない呼び名であれば却下しますからね」
とても自然な物言いだった。それは彼女が気遣ってそう言ったわけではないことを容易に汲み取れた。
でも、これまでの彼女の発言から汲み取れる小さな小さな幽霊というものの孤独を、垣間見た気がして少しだけ胸が痛む。それでも『気にしなくていい』と言う以上、何も言いはしなかった。
「えー、なんか怖い」
「私は別に怖くないですよ。ちょっと透けてる永遠の17歳です」
「それ使い方間違ってるからね? それに本当にその姿は17歳なの?」
「さあ、知りませんけど、容姿は双葉さんと年はそう変わらないですし、それくらいかと」
「大雑把な」
二人して目を見合わせて、それから耐えきれなくなった私達は同時に笑った。
出会いと別れとは遠い高校生活二度目の春。まだ蕾の多い枝がたくさんの花となるのは今か今かと待ち遠しい中、彼女は現れた。
本来交わるはずのない世界が交錯して結ばれた出会いを、私はどれだけ大切にできるだろう。