わたしの意地悪な弟
「この前、俺としたことでも思い出していた?」

「バカなこと言わないでよ」

 わたしは顔を背けると、ノートに視線を落とす。

 わたしのペンを持つ手に指一関節分大きな手が重ねられた。

 それに驚き、顔をあげると至近距離に樹の顔がある。

「俺は思い出していたけどね。千波を見るたびに」

 彼の体がわたしに近づいてくる。

 わたしが目を閉じると、笑い声が聞こえてきた。

 目を開けると、彼が愉快そうに笑っている。
 からかわれたのだ。

「本当は期待していたんだ」

「そんなわけない」

 わたしは強い口調で否定する。だが、目を閉じてしまった手前、声が上ずる。わたしの迷う心を見透かしたかのように、語尾が震えた。 

 樹の手がわたしの頬に触れる。

 彼の瞳にわたしの姿が再び囚われる。

「もうからかいにはのらないから。早く宿題をしなさい」

 だが、彼の手は離れない。わたしもその目に捉えられたままだ。

「拒むなら、嫌と言われればもう二度としない」

「そんなこと言われても」
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