キミはまぼろしの婚約者
その一言で、私はようやく何を言っても無駄なのだと理解した。

ふっと力が抜けて、律のブレザーの襟から離した手が、だらりと垂れ下がる。

それでもまだ、本当に私のことを忘れているわけじゃないと思いたい。ただの悪ふざけだって……。


わずかな望みにすがるように、眉を下げたまま律の瞳を見つめる。

その時、チャイムが鳴り始め、廊下にいた生徒達が自分のクラスへと入っていく。

4組の皆の注目を浴びているにも関わらず、動こうとしない私に、律は困ったように口を開いた。


「小夜ちゃん、だっけ? 授業始まっちゃうよ」


──“小夜”

そう呼んでいた彼は、もういない。

現実を見ろ、と神様に言われているような気がした。

悲しさや悔しさ、いろんな感情が渦巻いて、瞳に込み上げてくる熱いもので、一気に視界がぼやける。

唇を噛みしめて涙を堪えながら、律に背を向けて隣の教室に向かって駆け出した。



“律のことは忘れてほしい”

約ニ年前、えっちゃんは突然そんなことを言ってきた。けれど。

忘れているのは律の方じゃない。

私が忘れていようが覚えていようが、関係ないじゃない……。


もう昔みたいには戻れないの?

私はまだ、こんなに好きなのに──。




< 22 / 197 >

この作品をシェア

pagetop