鬼常務の獲物は私!?
顔を覆う右手の指の隙間から、笑い涙のにじむ黒い瞳が見えていた。
「あ、あの……」
なにがそんなにおかしいのか分からず声をかけると、一時的に笑い声は小さくなる。
「無様な姿と言われて、つい社長の顔を思い出してな。あの社長が……完璧主義の親父が……伊勢海老を頭に乗せて……」
喋りながら堪え切れずに、また吹き出す彼。
そっか……。
『あの社長』『完璧主義の親父』という言葉からは、常務がこれまでに、社長としても父親としても、常にパーフェクトな姿しか見てこなかったことが推測される。
それが私というイレギュラーな存在によって目の前で崩されてしまい、ショックというよりは、ツボにはまってしまったということみたい。
「俺にとって社長は、目標であり憧れだ」
「は、はあ……」
「早く追いつき、追い越したいと思っているが、思うようにいかなくてな……勝てない戦いを毎日続けてきた」
「そうなんですか……」
勝てない戦い……。
常務は確かに仕事をしているというより、戦っているといった方がいい雰囲気。
売り上げが目標額に届きそうにないと思ったとき、常務自らが方々の病院に出向いて、営業部に仕事を持ってきてくれたことが何度もあった。
『最近、新規のお客さんが取れない』と営業部長が溜息をついた数日後には、新しい大口のお客さんを連れてきたりして……。
それってきっと、大変なことなのだろう。
今まで考えたことはなかったけれど、彼の毎日は戦いなのかもしれない。
父親である社長に追いつき追い越すための戦いで、『勝てない戦い』と言うからには、奔走しても成果に結びつかないことも多いのかもしれない。
そう考えると、いつも常務がイラついているのは仕方ないという気もしてきた。
しかし、それを私たち部下に向けられては困ってしまう。もう少し態度を和らげてくれたら、怖いと思わずに済むのに……。
常務の話にそんな感想を抱いていたら、膝に乗せていた手に彼の手が被さり、軽く握られた。
いつもは冷たく感じる切れ長の瞳は、今は優しく弓なりにアーチを描いている。
途端に心臓が忙しなく動き出し、予想外の展開に驚き戸惑うばかり。
「あ、あの……」
「理想を目の前で崩されて、気が抜けた。肩の力が抜けたと言った方が適切か」
「それは、いいことだと思いますけど……それより、この手は……」