やさしい先輩の、意地悪な言葉
「……大丈夫です!」

神崎さんにこれ以上、切ない顔をしてほしくないと思った。


「え?」

神崎さんが、ようやくメモ帳から視線を上げて、私のことを見てくれた。



「私は……






神崎さんに意地悪なこと言われるとうれしいので‼︎」





……店内がしーんと静まりかえった。




「……私、なにか変なこと言いました?」

「う、うん……」

冷静に自分の言葉を頭の中で再生し直して、カァッと顔が熱くなる。


「す、すみません! あの……!」

すると神崎さんは、珍しく声を出して笑った。


「はははっ。はあ、お腹痛い。瀬川さんって、おもしろいね」

「え? え……?」

「俺に意地悪されるのが好きなの?」

そう言うと神崎さんは、私にそっと一歩近づく。


「あ、あの……!」

近距離で目にする神崎さんの表情は笑っていたけど、今日一日となりで見てきたやさしい笑顔じゃなく、口の端をつりあげてクスッと笑う、見たことのない……クールな笑顔だった。


そう……まるで意地悪な言葉がよく似合いそうな笑顔で……



神崎さんは私の顎をクイ、と軽く持ち上げ……




「かわいいこと言って、襲われたいのか?」




!!!?




「……なんてね。意地悪ってこんな感じかな? と思って。……瀬川さん?」



神崎さんはすぐに顎から手を離し、いつものやさしい笑顔でそう言ってくれたけど……



さっきの意地悪な笑みと、そして意地悪な言葉がかっこいいと感じてしまって……



すごくドキッとして……




顔が真っ赤になっているのを感じながら、私はかたまってしまっていた。
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