俺様黒王子とニセ恋!?契約
『なにあれ~』と言いながらコソコソと道場から出て行く生徒。
『すごい、カッコいい……』と本当に呼吸を鎮めて微動だにせず見学する生徒。
ほんのわずかでも人垣の厚みが減ったせいで、私はようやく道場のど真ん中、的に向かう射手の姿を目にすることが出来た。


その瞬間、バシッと胸を射抜かれたような気がした。


それまでの射手と位置を交替して的に向かって一礼する姿。
一喝した瞬間を見ていないけれど、あの声を発したのは彼だと一目瞭然だった。


道衣に袴姿の長身。
色素の薄い茶色い髪がほんのちょっとアンマッチだけど、とにかく所作も佇まいも洗練されて美しくて、彼の周りの空気が凛と張り詰めた――。


そんな瞬間を目にしてしまった気分だった。


『あ~、今日は見学ありがとうございます。俺は弓道部部長の静川です……』


部活の説明を始めた部長さんの声が、どれだけのギャラリーの耳に届いていただろうか。
少なくとも私は、ギリッと弓をしならせて、矢を番える彼の凛々しい姿から目を離せなかった。


さっきの不遜な一喝も、彼が真剣に弓道と向き合っているからこそだろう。


『ほらね! あれが南高が誇る和服の王子様だよっ』


隣で、私を連れて来てくれたクラスメイトが少し弾んだ声で囁くのが聞こえた。
うん、と短い返事を出来たかも覚えていない。


あの時、私のハートは盗まれた。
一目惚れってやつだったのかもしれない……。
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