ドルチェ セグレート
「ちょっと前の、質問の答え。役に立つどころか、もう今は、それ以上の存在」
「え?」
 
射られるような鋭い目。
捕えて離さないのは視線だけじゃなく、心も。
 
あまりの雰囲気の変貌に、思わず戸惑い、声を漏らす。
固まった私のうなじに、厚く大きな手が伸びてきた。

「キミのために作りたい」
 
軽く掴まれる襟足に、ぞくりと身を震わせる。
目の前で真剣な目をしている彼に、心臓を高鳴らせた。
 
仕事に賭ける情熱は、心から尊敬するし、応援したい。
だけど本音では、その熱い瞳を自分に向けられたなら、どれだけ幸せかと思っていた。

「……もったいない言葉です」
 
ようやく、涙でぼやけていた視界が元に戻ってきていたのに、一瞬で逆戻り。
願ってたはずの神宮司さんの瞳を、今、独占しているのに、前がもう見えない。
 
私は、差しこまれたままの、神宮司さんの右腕にそっと手を添えた。

「うれしすぎて、オペラばっかり食べちゃいそう」
「じゃあ俺は、それを超えるものを作らなきゃだな」
 
目尻を優しく下げて笑う顔が、胸をきゅうと締め付ける。
あまりに苦しくて、息も出来ずに止まっていると、そっと唇が重なった。
 
触れた瞬間だけ、目を閉じ、再び瞼を上げると、目のやり場に困ってしまう。
俯いた私に、「ふ」と笑い声が落ちてくる。

「塩味」
 
思わず顔を上げると、神宮司さんの穏やかな顔があまりに近くにあって、頬を赤らめた。
再び、恥ずかしさから視線を落とすと、スッと彼の手が私の顎を掬い上げる。
 
もう一度、唇を奪われると、深くゆっくりと重ね合う。
 
長くも短くも感じるその時間は、身体中は熱く、頭の中は蕩けさせられる。

そっと距離を置かれ、伏せてた睫毛をゆっくり上げていく。
神宮司さんと目が合うと、彼はまた笑った。

「今度は甘い」
 
恥ずかしすぎて、真っ赤であろう顔を両手で覆って、ふいと横に背ける。

私にとって、今、甘いのはこの状況。
このままじゃ、本当に全部を溶けさせられそうだと思って上擦った声を出す。
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