ドルチェ セグレート
後ろを振り返って、なにか話でもしてる様子の神宮司さんが目に映る。
その相手の姿が見えなくて、息を顰めて観察する。
 
冷静に考えても、相手は遥さんっていうのが一番自然だ。
今日は店休日だし、業者の人も出入りしないだろう。
 
だけど、どうにもざわつく心が落ち着いてくれない。
 
ジッと様子を窺うと、ついに神宮司さんの奥にいた人物の正体が明らかになる。
背の高い神宮司さんを見上げて笑っているのは、あの子……デパート受付の女のコだ。
 
目を見開いて、その光景を見つめる。
心音が耳の横で聞こえるくらいにうるさく、喉は張り付いたように乾いてる。
それでも目を逸らすことも……瞬きすらもすることができない。
 
ふたりはショーケースの奥に立って、なにか言葉を交わしている。
時折、仲良さげに目を細め、楽しそうにしていた。
 
それから、女の子は手にしていた袋を神宮司さんに渡す。
それを受け取った神宮司さんは、本当にうれしそうな表情をした。

袋を覗き込みながらキラキラとした目で、その女の子になにかを言っている姿を見て胸が軋む。
 
顔を背けたくなったときに、手渡された袋のロゴが目に飛び込んできた。
 
あれは、確かフランスの有名チョコレート店。
日本にはまだ店舗はないし、ネットでも日本からは注文が出来ないはず。
 
たまたま知っていたそのお店の袋に、目を大きくする。
そして、不意に思い出したのは、ついさっき買ったチョコレート。
 
ギュッと下唇を噛みしめていると、彼女は手を振って行ってしまった。
神宮司さんは、その子を見送るように軽く手を上げると、受け取った袋を大事そうに抱えて厨房へと消えて行く。
 
あの子、帰ったんだ。でも、裏口から? 
ひとりで出入りするくらい、親しいの?
 
そんなことを考えていると、遠くから砂利を踏む音がしてハッとする。
慌てて建物の死角に入り、観葉植物からそっと様子を窺う。緑の隙間からは、さっきまで店内にいた彼女が、ひとりで歩いていく後ろ姿が見えた。
 
グッと歯を食いしばり、顔を上げて大きく息を吸い込む。
カランというドアチャイムの音と同時に、明るい声を振り絞った。

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