雪降る夜に教えてよ。
恭介さんの胸に、奥さんから奪ったナイフが刺さっていた。

彼ののシャツがみるみるうちに血に染まる。

暖かみがどんどん失われていく。

それが信じられなくて、必死に傷口を押さえる。

今思えば、意味のないことをしていた。

だけれどその時は必死で。血だらけになった私の手を恭介さんは掴んだ。

『早苗……』

呟きに血が混り、口許を赤く染めて滴る。

『僕が死んでも、絶望はするな』

恭介さんは、こんな時にも人の心配ばかりしていた。

『こっちに来ちゃいけない。早苗』

私の目から涙がこぼれる。

「嫌だ。だめだよ……」

恭介さんには死んで欲しくない。

死ということは、もう二度と会えないことだから。

二度と会えないということは、もう話さないということだから。

『……君は、僕のかけがえのない妹なんだから』

静かに時が止まった気がした。

『……和美』

最期に奥さんの名前を呟いて、恭介さんの音は消えて行く。



奥さんは恭介さんに駆け寄ると、今更ながらに揺さぶって、何度も何度も恭介さんの名前を呼ぶ。

冷たくなっていく身体。

落ちた抜け殻。

物言わぬ躯に向かって。

好きなだけ泣き叫んだほうがいいと思う。ちゃんと愛してくれていた人が死んだのだから。

『あんたさえ居なければ!』

矛先がこっちに向かってもいい。それで気が済むのなら。

私がこの人の妹ならば、クリスマスに会った老人は父と言うことなのだろう。

もう何をどう信じればいいのかわからない。

父が愛し続けてくれていると思い、私がただ邪魔だった母。

私を一目見るなり追い出した実父。

愛と憎しみは表裏一体。
愛しみすぎると、それは時として牙となって自らを傷つける。

その結果がこの夫婦だ。
互いに愛し合った結果が、死に繋がった。

ぼんやりと電話をかけるために立ち上がる。

恭介さんのお兄さんの顔が思い浮かんだ。

世間体に退けられた母。

ならば、このことも世間から隠さねばならない。
それが、私に出来る精一杯。

恭平さんはすぐに駆けつけた。主治医という名のお医者さんを連れて。

泣き叫び疲れた奥さんは、ただボンヤリと雷の音を聞いている。

何かのたがが外れたのだろう。お互いに感情は消えていた。

それから恭介さんは急性心筋梗塞と言う病名がついて、早急にお通夜が行われた。
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