雪降る夜に教えてよ。
「嫌なことに、私はけっこう平気みたいです」

桐生さんは目を細め、口元を引き締めた様に見える。

「俺にはそんな風には見えなかった」

正気か正気を失っているかなんてものは自分ではわからない。

でも、たぶん今の私は大丈夫。

「ちょっと……。混乱してしまったんです」

冷静な私がいて、困ってしまう。普通なら取り乱すものだろうと思うけれど……。

「痛かっただろう?」

「とっても」

握っていた手を掴みなおして、桐生さんは私の前にしゃがみ込んだ。

「俺は怖くないのか?」

「もちろん」

答えると、桐生さんは一瞬視線を離し、それからまた私を見つめる。

どこか、悲しそうに。

「君は叫び続けていた。壊れそうなくらい悲痛な悲鳴をあげていた」

「たぶん」

小首を傾げて桐生さんを見る。

「困ったことに、後は嫌になるくらい冷静なんです。普通はもっと取り乱すでしょうね?」

「恐らく」

「私はどこまで普通じゃないんでしょうね?」

「俺を戸惑わせるくらい?」

そう言われると、やっぱり困ってしまうのだけれど。

「身体は大丈夫。そういう意味では身を守れました」

「ただ、怪我はしている」

「もしかして、腫れてますか?」

「盛大に」

「それじゃあ、お多福ですね」

冗談に聞こえるようにおどけた声を出すと、彼はゆっくりと立ち上がり、コツンとおでことおでごがぶつかって、ゆっくりと目を閉じる。

「無理はしていないね?」

「はい」

静かに呟くと、微かに息を吐く音がした。

「今すぐ君を抱きしめたいよ」

「ちょっと、会社では問題ですね」

目を開けると桐生さんが唇を微笑ませたので、私も小さく微笑んだ。

うまく、笑えているといいけれど。

考えていたら、静けさの中にノックの音が響く。

ドアを開けた先には、社長と、見たこともない青い顔をした初老の男性が立っていた。
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