雪降る夜に教えてよ。
男性の方は、加藤くんのお父さんらしい。

そこで初めて、加藤君は“縁故雇用”だったと知った。

イキナリ慰謝料の話になって、桐生さんがムッとしたように前に出かけ、社長の視線に止められる。

「まったく失礼な話しだが加藤さん。君は、君の愚息が仕出かした事態を軽んじているのではないかね?」

冷徹な社長の声に、私も加藤くんの父親も瞬きした。

だって縁故入社なら、その『愚息』を優遇しちゃうような気風が日本にはあるから。

顔を上げると、桐生さんは黙って首を振った。

「彼女は親御さんから我社が預かる、大切な“子供”だ。君が謝罪したいと言うから、私は君の同行を許したが、金で頬を叩くような真似をするとは言語道断だぞ」

社長は私の前に立つと、ゆっくりとドアを示した。

「不愉快だ。話は後日にして、今日はお引き取り願おう」

加藤くんのお父さんが顔を赤らめて出て行くのを黙って見送る。

……一体、あの人は何をしに来たんだ。

「恥の上塗りをしに来たんですか」

桐生さんの言葉に、社長はジロリと彼を睨み付け嘆息した。

「その無礼な言動は父親譲りだな。桐生くん」

「父は関係ありません。今は僕の部下の話しをしております」

社長はその言葉に、私を見下ろす。

「今年の春から縁故起用を採用したのだが、とんだ薮蛇になってしまって申し訳ない」

「い、いいえ」

「ともかく、君に希望はあるかね?」

希望? って何をですか?

頭がぐるぐる回っている私を、桐生さんが覗きこむ。

「これはいわゆる暴行事件。訴訟も起こせるね。証人には事欠かないし」

そ……そんな大それた事はけっこうです。

「そこまでしなくても、いいです」

「うちの会社の力なら、名前を出さずに裁判はできるよ?」

私はふっと考えて、桐生さんの真っ直ぐな視線を見つめる。

「加藤くんはお酒を飲んでいました。妙な噂に惑わさてもおりましたし、特に否定もしてこなかったのは私です。希望は、二度と顔を合わせなければいいと言うことだけで……後の判断はお任せします。更正しそうなのか、それとも野に離してはいけない人物なのか、私には判断は付け兼ねます」

最後は社長の方を見て言うと、桐生さんは苦笑した。それから彼も社長を見る。

「お任せします」

社長は片手を上げると頷いた。

「君たちも、妙な噂を振り撒くのは感心しない。特に禁じはしないが、今後はもっとうまく立ち回りたまえ」
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