めぐり逢えたのに
佐々倉は、今のうちに、専門学校だか大学だか、とにかく進学して先々もう少し安定した職業につけるようになって欲しかったのだが、何度言っても、しおりは、これ以上佐々倉さんに迷惑をかけるわけにはいかない、そんなヒマがあったら少しでも働いてお金を返したい、と固辞していた。

しおりはどうも、万里花と佐々倉の実家に負い目を感じているようでもあった。
なんでもやりたいことをやらせてもらった佐々倉に比べて、しおりは、自分の希望は最後の最後まで後回しにする習性がついているのが哀れであった。

それでも、無邪気で陽気なしおりとの生活は、佐々倉にとって大きな慰めになっていた。

佐々倉が戸川に入って配属されたのは、カスタマーサービス部門の顧客管理室の室長だった。要は、顧客からのクレームの処理だ。
もちろん、戸川のクルマに関する漠然とした要望の受け付けなどもカスタマーサービス部門の仕事だった。
とはいえ、業務の大半は、ほとんどが言いがかりのような顧客の文句を吸い上げて納得してもらうのが仕事、という気の滅入るものだった。

直接佐々倉が応対することはめったになかったが、佐々倉に回って来るのは、部下の手に負えない難しい客が多く、戸川に関しては素人同然の佐々倉にとって、なかなか辛い仕事といえた。

佐々倉の配属に内心面白く思っていないであろう連中からの、冷ややかな視線もじわりじわりと佐々倉を消耗させた。

そんな毎日だったから、佐々倉は、家に戻ってきたときに、しおりの笑顔を見るとほっとしたのだった。



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